1. 概要
正中神経は、上肢における最も重要な神経の一つであり、感覚・運動両方の機能を担う混合神経です。
2. 解剖学的特徴
2-1. 走行経路
2-2. 神経支配領域
3. 支配筋(詳細)
3-1. 前腕の筋
3-2. 手の筋
4. 臨床的意義
4-1. 正中神経麻痺の症状
4-2. 手根管症候群
正中神経の最も一般的な絞扼性末梢神経障害です。手根管内での神経圧迫により発症し、進行性の感覚運動障害を引き起こします。
4-3. 治療と予防
重症例では手根管開放術(屈筋支帯切開による除圧術)が必要となります。術後は適切なリハビリテーションと経過観察が重要です。
予防には、適切な作業姿勢の維持、反復動作の制限、定期的な休憩が重要です。特に、デジタル機器の使用が増加している現代では、手首のストレッチや運動療法を含めた予防的アプローチが推奨されます。
J0934 (右の腕神経叢(鎖骨下部)が下から前に向かっている図)
J0952 (右手背の皮膚神経:橈骨神経浅枝が強く発達している場合)
日本人のからだ(千葉正司 2000)によると
正中神経は、腋窩動脈の前面で正中神経ワナの延長として始まり、上腕筋膜に覆われて上腕二頭筋の内側縁に沿って上腕動静脈の腹側を下行し、肘窩に向かいます。筋皮神経のような起始の変化も見られ、正中神経は通常、上腕では筋枝を出しませんが、筋皮神経と共同幹を形成した際には途中で筋枝を分枝します。また、上腕の遠位部では上腕筋に枝を出すこともあるとされています(淵野,1960 a; 町田,1961 a)。正中神経の分節構成は、通常の腕神経叢の根構成と一致し、C5-Th1の5根から成り立っています(Hirasawa, 1931; Arakawa, 1952; 小原,1958)。なお、C5の参加しない場合もあるとされています(矢ケ崎,1927)。
正中神経の腹側を浅上腕動脈がしばしば伴行し、また浅上腕動脈、烏口腕筋枝、上腕二頭筋枝が正中神経の内側(尺側)から越える場合もあります(Adachi, 1928 a; 熊木,1980; 千葉,1983 b; 児玉,1987)。まれに筋性腋窩弓(あるいは大胸筋腹部)の上腕筋膜への停止腱(膜)、長烏口腕筋(森・大内, 1982; 小泉,1989; 岩本・木村,1989)、肋軟骨滑車上筋M. chondroepitrochlearis(横尾,1933; Chiba et al., 1983; Ohtani et al., 1986)が出現した場合には、これらの非標準的筋が正中神経の腹側を交差することもあります。また、正中神経と浅上腕動脈が、肘窩の近位でまれに上腕二頭筋短頭の停止腱を貫くことも確認されています(Higashi and Sone, 1987)。
正中神経は肘窩では、上腕二頭筋腱膜の深層で上腕動脈の浅層を通り、円回内筋の上腕頭と尺骨頭の間に進入するのが通常です(95.5%, Adachi, 1928 a)。しかし、正中神経が上腕頭の間(1.5%, Adachi, 1928 a)、あるいは尺骨頭の深層を通る場合(1.8%, Adachi, 1928 a; 4%,井上,1934)もあります**(図74)**(浦,1962)。円回内筋の過剰頭が上腕筋、内側上腕筋間中隔から起こり、正中神経と上腕動脈を越えて前外方からこれらを取り囲む場合も認められます(4%, 井上,1934)。その後、正中神経は浅指屈筋の上腕尺骨頭と橈骨頭の起始間に向かい、浅指屈筋と深指屈筋の両層に挟まれて、前腕正中線上を正中動脈を伴って下行します。手根管の橈側部では、浅層に向かう正中動脈が正中神経を貫く場合も見られます(Adachi, 1928 a)。
前腕における正中神経の筋枝は、神経上膜に覆われた状態では、以下の3群に分けられます(Hirasawa, 1931; 井上,1934; 淵野,1960 b):①肘関節上でおこる円回内筋と長掌筋、橈側手根屈筋、浅指屈筋への2枝、②肘関節以遠での深指屈筋の近位部、長母指屈筋、深指屈筋、方形回内筋、関節枝(前骨間神経)への3枝、③前腕中部での浅指屈筋の第2指筋腹への筋枝。本間(1980)、山田(1986)は、神経上膜を除去した状態で正中神経の前腕への筋枝を5群に分けて、支配神経の観点から前腕屈側の筋の由来を考察しています。浅指屈筋は正中神経の近位、中央位、遠位に発生する4-5枝によって支配され、浅指屈筋の上腕尺骨頭の深層の一部が時折尺骨神経の支配を受けることが報告されています(1.9%, Ohtani, 1979; 12.2%, 淵野,1960 b)。深指屈筋の第2指筋腹は、正中神経(前骨間神経)のみの単独支配を受け、残りの筋腹は正中神経と尺骨神経による二重支配が多いとされています(淵野,1960 b; 町田,1961 b)。いわゆるGantzerの筋が、浅指屈筋と、長母指屈筋あるいは深指屈筋との間の移行的筋束として時折出現すると、正中神経の本幹は、この非標準的筋の腹側で浅指屈筋との間を下行します(千葉,1987; 木田,1988)。Kida and Ishida(1989)は、Gantzer類似筋(長深掌筋として0.4%に出現、吉田ら、1983)の屈筋支帯への停止腱が、正中神経をその背側(深層)から橈側に取り囲む3例を報告しています。
正中神経は前腕中央位で、手根屈側と手掌の橈側半の皮膚に分布する掌枝を分岐します。掌枝は、腕橈骨筋の腱と橈側手根屈筋の腱との間で、手関節の近くで前腕筋膜を貫通しています。掌枝の分岐部は、正中神経が円回内筋を貫通する直前から手根管のすぐ近くまでとさまざまです(Hirasawa, 1931)。掌枝の数は1-2本で、時折欠如することもあります(8.8%,内藤,1934 a,b)。正中神経は、手根管の橈側で指屈筋の総腱鞘の掌側を通って手掌に達すると、母指球筋、虫様筋への筋枝と7本の固有掌側指神経とに分かれます(Hirasawa, 1931; 町田,1961 c)。
図74 正中神経と円回内筋との関係(右前面)(浦, 1962改変)
( )には、Adachi (1928 a)の331例中の出現頻度を示します。正中神経は通常、円回内筋の上腕頭(Ch)と尺骨頭(Cu)の間を通過する(I型)。上腕頭の間を通る場合(II型)や、尺骨頭の深層を通る場合(III型)もあります。尺骨頭の欠損(IV型)や上腕頭の過剰頭(V型)の出現も観察されます。 Hu:上腕骨、M:正中神経、Ra:橈骨、Ul:尺骨