母指対立筋 Musculus opponens pollicis

J0205 (右の手骨:筋の起こる所と着く所を示す手掌側からの図)

J0483 (右手の手掌の筋(第2層))

J0484 (右の母指球の深筋)

J0583 (右手掌深層の動脈)
母指対立筋は、手の母指球筋群に属する重要な筋肉で、解剖学的および機能的に特徴的な構造を持っています。この筋肉は母指の精密な動きを可能にし、人間の手の器用さに不可欠な役割を果たしています (Standring, 2020)。母指球筋群の中でも最も深層に位置し、他の筋肉との協調作用により母指の複雑な三次元的運動を実現しています。
解剖学的特徴
起始と停止
- 起始:屈筋支帯(横手根靱帯)の橈側部分と大菱形骨の前面および結節から起こります。屈筋支帯は手根管の屋根を形成する強靱な線維性組織であり、母指対立筋の起始部として機械的に安定した基盤を提供します (Moore et al., 2018; Standring, 2020)
- 走行:起始部から外側方向に走り、短母指外転筋の深層を斜めに横断します。筋線維は扇状に広がりながら橈側方向に進行し、第1中手骨に向かって収束します。この扇状の配置により、筋肉は広い範囲で力を分散させることができます
- 停止:第1中手骨の橈側縁全長に沿って付着し、特に掌側面の遠位部に強固に付着します。この広範な付着様式は、母指対立筋の特徴的な解剖学的指標であり、他の母指球筋との重要な鑑別点となります (Tubbs et al., 2019)
筋の構造と組織学的特徴
- 筋層の厚さ:比較的厚い筋層を形成し、母指球の深部で触知可能な筋腹を作ります
- 筋線維の方向:筋線維は主に橈側方向に走行し、第1中手骨の長軸に対して約45度の角度で配列しています。この配列パターンは、母指の回旋運動を効率的に生み出すために最適化されています
- 筋膜との関係:母指対立筋は掌側手根管内の深部筋膜に包まれており、短母指外転筋および短母指屈筋と筋膜を共有しています
血管供給
- 主要動脈:浅掌動脈弓と深掌動脈弓からの分枝、特に橈骨動脈の表在掌枝と母指主動脈の分枝により栄養されます (Tubbs et al., 2019)
- 静脈還流:手掌の静脈網を介して表在静脈系と深部静脈系の両方に排出されます
- 臨床的意義:血管供給の豊富さにより、外傷後の治癒能力は比較的良好ですが、手根管内の圧迫により血流障害が生じる可能性があります
神経支配
- 神経:正中神経の母指球枝(返回枝、recurrent branch)により支配されます。この枝は第6および第7頸神経根に由来します (Moore et al., 2018)
- 神経の走行:正中神経は手根管を通過した後、屈筋支帯の遠位縁で母指球枝を分岐します。この枝は屈筋支帯を貫通または迂回して母指球筋群に到達します
- 解剖学的変異:母指球枝の走行には個人差があり、約23%の症例で屈筋支帯を貫通するパターンが見られます。この変異は手根管症候群の手術時に重要な考慮事項となります (Standring, 2020)