尺骨 Ulna
尺骨は、前腕の内側(小指側)に位置する長い管状の骨です。解剖学的特徴と臨床的意義について詳細に解説します(Gray, 2020; 藤田, 2021):
解剖学的特徴
- 長さと大きさ:男性で約24cm、女性で21~22cm。上肢の骨の中では比較的長い骨に分類される(Moore et al., 2018)
- 構造:上端部(近位端)、下端部(遠位端)、体(尺骨体)の3部分から構成され、それぞれ特徴的な形態を持つ
- 特徴:橈骨と比較して上端部が大きく発達し、下端部が細い。これは肘関節での荷重伝達機能を反映している(Standring, 2021)
- 形状:尺骨体は前方に凸の緩やかなS字状の湾曲を持ち、橈骨との位置関係を維持するのに重要
- 骨間膜:橈骨との間に骨間膜が存在し、前腕の安定性に寄与している
主要な解剖学的構造
- 上端部(近位端):
- 滑車切痕(上腕骨滑車と関節を形成):半月状の凹面で、肘関節の主要な関節面
- 肘頭(オレクラノン):上端部後方に突出し、上腕三頭筋の付着部となる
- 鈎状突起(コロノイド突起):前方に突出し、上腕筋の一部が付着
- 橈骨切痕:外側面にあり、橈骨頭と関節を形成
- 体部(尺骨体):
- 尺骨粗面:上端部直下の前面にあり、上腕二頭筋の停止部
- 骨間縁:橈骨に面する外側の鋭い縁で、骨間膜が付着
- 後縁:後面に走る隆起で、触診可能
- 下端部(遠位端):
- 尺骨頭:円形の膨らみで、尺骨手根関節を形成
- 関節円板:尺骨頭と手根骨の間に存在する線維軟骨
- 茎状突起:内側に突出し、尺側手根靭帯の付着部
臨床的意義
- 骨折:
- 肘頭骨折:転倒時に肘をついて受傷することが多く、伸展機構の障害を引き起こす(Morrey, 2018)
- モンテギア骨折:尺骨骨幹部骨折と橈骨頭脱臼を伴う複合損傷
- ガレアッチ骨折:橈骨骨幹部骨折と遠位橈尺関節脱臼を伴う損傷
- 関節疾患:
- 変形性肘関節症:滑車切痕の関節面の摩耗による疼痛と可動域制限
- 遠位橈尺関節障害:前腕回内外運動の障害を引き起こす
- 触診点:
- 肘頭:肘後面で容易に触知可能で、骨折の評価に重要
- 尺骨茎状突起:手関節内側で触知可能、手関節の評価に有用
「尺骨」という名称は、ギリシャ語の「Olein」(肘)に由来し、肘関節の主要な構成要素であることを示しています(藤田, 2021)。前腕の安定性と回内外運動において重要な役割を果たしています。
参考文献
- Clinical Anatomy, 33(5), 671-680. — 尺骨近位端の詳細な解剖学的研究と臨床応用について報告している。
- 藤田尚男・藤田恒夫 (2021). 標準解剖学, 第8版. 医学書院. — 日本語で書かれた解剖学の代表的教科書で、日本の医学教育に広く使用されている。