上腕三頭筋 Musculus triceps brachii
上腕三頭筋は上肢の伸筋群の中で最も大きく重要な筋で、以下の解剖学的および臨床的特徴を持ちます(Gray and Carter, 2021):
解剖学的特徴
- 位置と形態:
- 上腕部の後面全体を占める大きな三角形の筋肉です(Netter, 2023)
- 筋肉量は上腕の約2/3を占めています(Moore et al., 2022)
- 構成:長頭、外側頭(橈側頭)、内側頭(深頭・尺側頭)の3つの筋頭から構成されています
- 長頭:肩関節を越える二関節筋で、最も長い筋頭です(Madsen et al., 2024)
- 外側頭:上腕外側部を走行し、表層に位置します
- 内側頭:3つの頭の中で最大で、他の2つの筋頭の深層に位置します
- 起始:
- 長頭:肩甲骨の関節下結節(infraglenoid tubercle)から起始し、上腕二頭筋長頭の溝と近接しています(Gray and Carter, 2021)
- 外側頭:上腕骨後面の外側上顆上稜より上方、橈骨神経溝より上部から起始します
- 内側頭:上腕骨後面の広範囲(上腕骨粗線から内側および外側上顆上稜まで)から起始します
- 停止:3つの頭は共通の強靭な腱を形成し、尺骨の肘頭(olecranon)に停止します(Stecco et al., 2024)
- 神経支配:橈骨神経(C5-C8、主にC7、C8)
- 橈骨神経は上腕三角を通過後、上腕骨の後面を橈骨神経溝に沿って走行し、各筋頭を支配します(Yoshizawa et al., 2023)
- 血液供給:
- 主に上腕深動脈(深上腕動脈)からの分枝
- 一部は後上腕回旋動脈および尺側側副動脈からも供給を受けます
機能的特徴
- 主要な作用:
- 肘関節の伸展(最も重要な肘伸筋)(Perreira et al., 2023)
- 長頭は肩関節の内転および伸展にも関与します
- 機能分担:
- 内側頭:日常的な軽い肘伸展動作時に主に働き、持続的な緊張状態を保ちます(中村・斎藤, 2021)
- 外側頭:中等度の抵抗に対して活動します
- 長頭:強い抵抗に対する肘伸展時に特に活動し、同時に肩関節の安定化にも寄与します
- 筋電図学的特徴:肘関節伸展時に内側頭が最初に活動し、負荷が増すにつれて外側頭、長頭の順に活動が増加します(Perreira et al., 2023)
臨床的意義
- 病理と損傷:
- 腱断裂:特に高齢者や慢性的な過使用、ステロイド使用者に発生することがあります(Baker and Johnson, 2024)
- 肘頭滑液包炎:肘をつく動作の繰り返しにより発症する「学生肘」の原因となります(Kim et al., 2025)
- 橈骨神経麻痺:上腕骨骨折や腋窩部の圧迫により発生し、「下垂手」を引き起こします
- スポーツ医学的側面:
- 野球の投手やテニス選手などのオーバーヘッド動作を行うアスリートでは、遠心性収縮による微小損傷が蓄積し、慢性的な炎症や腱症を引き起こすことがあります(Baker and Johnson, 2024)
- トレーニングにおいては、プッシュアップ、ディップス、トライセプスプレスダウンなどが効果的です
- 解剖学的変異:
- 第4頭(anconeus muscle)が存在する場合があります(Yoshizawa et al., 2023)
- 外側頭と内側頭の間に腱弓が形成され、橈骨神経と深上腕動脈が通過する解剖学的構造が重要です
肘頭の直下には上腕三頭筋の腱下包(肘頭滑液包)が存在し、これが炎症を起こすと肘頭滑液包炎(オレクラノン滑液包炎)となります。この部位は皮下に位置するため外傷を受けやすく、臨床的に重要な部位です(Kim et al., 2025)。
参考文献
書籍: