腹横筋 Musculus transversus abdominis
腹横筋は、腹壁の最深層に位置する平坦な筋肉で、腹腔内の内臓を保護し安定させる重要な役割を果たしています。この筋肉は、腹壁全体を水平方向に走行し、腹部のコルセットとして機能します(Hodges and Richardson, 1997)。
1. 解剖学的特徴
- 筋線維の方向:ほぼ水平方向(腹直筋に対して直角)に走行(Standring, 2021)
- 筋線維の方向:ほぼ水平方向(腹直筋に対して直角)に走行
- 厚さ:約0.5〜1cm(個人差あり、訓練により肥大可能)
- 位置関係:内腹斜筋の深層、腹膜の浅層に位置
2. 起始と停止
- 起始(Moore et al., 2018):
- 下位6本の肋骨の肋軟骨内面(第7〜12肋骨)
- 腰筋膜の深層(胸腰筋膜内層)
- 腸骨稜の内唇の前2/3
- 鼠径靱帯の外側1/3(腸骨鼠径靱帯部分)
- 停止:
- 白線(腹直筋の両側を結ぶ正中線上の結合組織)
- 恥骨結合および恥骨櫛
- 腹直筋鞘を形成(特に腹直筋の背側部分)
3. 機能的役割
- 機能(Hodges et al., 2005):
- 腹腔内圧の調節(呼吸、排便、排尿、嘔吐、出産時に重要)
- 体幹の安定化(腰椎の安定性に貢献)
- 強制呼気時の補助(横隔膜と協調して機能)
- 内臓の支持と保護
4. 神経支配と血液供給
- 神経支配(Drake et al., 2019):
- 下位6本の肋間神経(第7〜11肋間神経と第12肋下神経)の前枝
- 腸骨下腹神経(第12胸神経と第1腰神経由来)
- 腸骨鼠径神経(第1腰神経由来)
- 血液供給:
- 深腸骨回旋動脈(外腸骨動脈の分枝)
- 下腹壁動脈(外腸骨動脈の分枝)
- 下位肋間動脈および腰動脈の前枝
- 上腹壁動脈(内胸動脈の分枝)
5. 解剖学的関連構造
腹横筋の筋線維は腹壁の外側から内側に向かって走行し、半月線(腹直筋外縁に形成される弧状の線)を越えると腱膜に移行します(Netter, 2019)。この腱膜は腹直筋鞘の形成に関与します。弓状線(腹直筋鞘後葉が欠如し始める位置、通常は臍の下方約5cmに位置)より上方では、腹横筋の腱膜は腹直筋の後面を通過し、内腹斜筋の後葉と合流して腹直筋鞘後葉を形成します。弓状線以下では、すべての腹壁筋の腱膜が腹直筋の前面を通過します。
鼠径部では、腹横筋の最下部の筋線維と腱膜が鼠径管の形成に関与し、腹横筋筋膜が内鼠径輪を形成します(Loukas et al., 2018)。また、腹横筋の一部の筋線維は精巣挙筋(男性)または子宮円索(女性)に付着します。
6. 臨床的意義
- 臨床的意義(Akuthota et al., 2008; Hodges and Richardson, 1996):
- コアマッスルとしての役割:腰痛予防や姿勢維持に重要
- 腹壁ヘルニア:腹横筋の脆弱化が鼠径ヘルニアや腹壁瘢痕ヘルニアの発生に関連
- 腹部手術:腹壁の解剖学的層構造の理解が外科的アプローチに必須
- 腹部外傷:腹横筋が腹部臓器保護の最後の筋層として機能
- 呼吸リハビリテーション:慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の呼吸筋トレーニングで重要
7. スポーツ医学的側面
腹横筋は「深部横隔膜」とも呼ばれ、骨盤底筋群や横隔膜と協調して体幹の安定性に寄与します(Kibler et al., 2006)。この筋肉のトレーニングはコアスタビリティを向上させ、運動パフォーマンスの向上や腰痛予防に効果的です(McGill, 2010)。ドローイン(腹部を引き込む)エクササイズは腹横筋を特異的に活性化させるトレーニング方法として広く用いられています(Richardson et al., 2004)。
参考文献