側頭骨 Os temporale
側頭骨は、頭蓋の底部および側面に位置する大きな不規則形の骨です。この骨は頭蓋骨の中で最も複雑な構造を持ち、聴覚と平衡感覚に関わる重要な器官を保護しています。解剖学的位置と構造について最新の研究知見を含めて詳細に説明します(Gray et al., 2020; Standring, 2023)。

J0026 (右の側頭骨:外側からの図)

J0027 (側頭骨:内上方からの図)

J0028 (右の側頭骨:下方からの図)

J0029 (右の側頭骨:前方からの図)

J0030 (右の側頭骨:切断、外側部を削り取って鼓室とその周囲を示す図)

J0031 (7-8歳の右側頭骨:外側から少し下方から図)

J0032 (新生児の右側頭骨:外側からの図)
J0033 (新生児の右側頭骨:外側からの図)

J0034 (新生児の右側頭骨:内側からの図)

J0295 (頭蓋骨と頚椎の靭帯:右側からの図)

J0414 (右側の咀嚼筋、背側からやや内側からの図)

J0423 (深頚筋:正面からの図)

J1053 (右側の側頭骨:前部の側頭鱗の部分を取り除いた後の、前上方から図)

J1054 (右側の側頭骨:後方からの上下方の図)

J1055 (右側の側頭骨を横切った断面で、上部から見た下半分の図)

J1056 (右側の側頭骨を垂直に切断し、外側の切断面を内側からの図)

J1057 (右側の側頭骨を垂直に切り取った部分、中央部分:外側からの図)

J1058 (右の蝸牛の垂直断面:側面からの垂直断面)
1. 解剖学的位置と基本構造
側頭骨は左右対称に存在し、頭蓋骨の重要な構成要素として以下の役割を果たします:
- 頭蓋側壁の中央部と頭蓋底中央の両側部を形成し、脳の側頭葉を保護します。特に中頭蓋窩の前外側部と後頭蓋窩の前側部を構成し、脳実質と髄膜を機械的損傷から保護する重要な役割を担っています(Netter, 2022)。側頭葉は聴覚処理、記憶、言語理解に関与する重要な脳領域であり、側頭骨による保護は神経学的機能の維持に不可欠です。
- 平衡聴覚器(外耳道・中耳・内耳)を保護し、聴覚と平衡感覚の神経機構を収容します。内耳には蝸牛(聴覚)と前庭・三半規管(平衡感覚)が含まれます(Møller, 2020)。蝸牛は音波を神経信号に変換する器官で、約15,000個の有毛細胞が周波数選択的に配列されています。前庭系は重力と加速度を感知し、身体の空間的定位と姿勢制御に不可欠な情報を提供します。これらの精密な感覚器は、側頭骨の最も硬い部分である錐体部(岩様部)に保護されており、この部分は人体で最も高密度の骨組織の一つです。
- 側頭骨は以下の骨と関節を形成します:前方で蝶形骨大翼と、上方で頭頂骨と、後方で後頭骨と縫合により結合します。下方では下顎窩を形成し、下顎頭との間で顎関節(側頭下顎関節)を構成します。この関節は人体で最も頻繁に使用される関節の一つで、咀嚼、嚥下、発話に不可欠です(Norton, 2023)。
2. 発生学と構成要素
- 発生学的には岩様部(乳突部と錐体)、鼓室部、鱗部の3つの部分から構成され、生後約1年で癒合して単一の骨になります。各部位は異なる骨化様式(膜内骨化と軟骨内骨化)を示します(Sadler, 2022)。鱗部と鼓室部は膜内骨化により形成され、胎生8週頃から骨化が始まります。一方、錐体部(岩様部)は軟骨内骨化により形成され、耳嚢軟骨から発生します。この発生学的過程の理解は、先天性耳奇形や側頭骨発育異常の病態生理を理解する上で重要です。
- 新生児期の側頭骨は3つの独立した部分に分かれており、これらの間には軟骨性の結合組織が存在します。鱗部と岩様部の間の鱗岩縫合は生後数年で骨性癒合しますが、一部の症例では成人まで残存することがあり、これは側頭骨骨折の骨折線と誤認される可能性があります(Keating and Grundfast, 2022)。
- 乳突部の発達は出生後に進行し、乳突蜂巣の形成は生後6ヶ月頃から始まり、思春期まで続きます。この気房化の程度には個人差が大きく、高度に気房化した乳突部(pneumatic type)から気房化がほとんど見られない硬化型(sclerotic type)まで様々です。乳突部の気房化パターンは中耳炎の感受性や手術アプローチに影響します(Gulya et al., 2020)。
3. 機能的構造と解剖学的詳細
3.1 鱗部(Pars squamosa)
- 鱗部は側頭骨の最も薄く、扇状に広がった部分で、頭蓋の側壁を形成します。この部分は頭部外傷時に骨折しやすい部位であり、硬膜外血腫の好発部位でもあります。鱗部の内面には中硬膜動脈の溝が走行しており、骨折時にこの血管が損傷すると致命的な頭蓋内出血を引き起こす可能性があります(Sanna et al., 2021)。
- 頬骨突起が前方に伸びて頬骨に達し、頬骨弓を形成します。この構造は側頭下窩の外側境界となり、咀嚼筋(特に咬筋と側頭筋)の付着部として重要です(Norton, 2023)。頬骨弓の下縁から咬筋が起始し、弓の上縁には側頭筋膜が付着します。頬骨弓の強度は咀嚼力の伝達に重要で、骨折すると開口障害を引き起こします。
- 下顎窩(関節窩)は頬骨突起の基部に位置し、卵円形の凹面を形成します。この窩は下顎頭を受け入れ、顎関節を形成します。下顎窩の前方には関節結節があり、開口時に下顎頭が前方に滑走する際のガイドとなります。下顎窩の深さと形態には個人差があり、これが顎関節症の発症リスクに影響することが示唆されています(Okeson, 2020)。
3.2 鼓室部(Pars tympanica)
- 外耳孔を取り囲む湾曲した骨板で、外耳道の下壁と前壁、および後壁の一部を形成します。外耳道は約2.5cmの長さで、外側1/3は軟骨性、内側2/3は骨性です。外耳道は外側から内側に向かってS字状に彎曲し、さらに前下方から後上方に傾斜しています。この解剖学的特徴は耳鏡検査時に外耳道を伸展させる必要がある理由を説明します。臨床的に外耳道炎や耳垢栓塞の好発部位です(Roland and Marple, 2021)。
- 外耳道の内側端は鼓膜に達します。鼓膜は楕円形の薄い膜(厚さ約0.1mm)で、外耳道と鼓室を隔てています。鼓膜の大部分は緊張部(pars tensa)で、上方の小さな部分は弛緩部(pars flaccida)と呼ばれます。鼓膜は音波のエネルギーを耳小骨に伝達する重要な役割を果たします。