腸脛靱帯 Tractus iliotibialis
腸脛靱帯は下肢の外側に位置する重要な解剖学的構造で、生体力学的に重要な機能を持っています(Fredericson and Wolf, 2005)。
解剖学的特徴
- 大腿筋膜の外側部の著明な肥厚部として存在し、強力な線維性の帯状構造を形成しています(Fairclough et al., 2006)。
- 起始部は腸骨稜の前方部と上前腸骨棘で、大腿筋膜張筋と大殿筋の一部が付着します(Birnbaum et al., 2004)。
- 大腿外側を縦走し、膝関節外側を通過して脛骨外側顆のGerdy結節に停止します(Vieira et al., 2007)。
- 組織学的には膠原線維が主体で、大腿筋膜張筋(上部)、大殿筋(後上部)、中殿筋の一部(中央部)の腱性線維から構成されています(Fairclough et al., 2007)。
- 膝関節周囲では外側支持構造として、外側膝蓋支帯、外側膝蓋大腿靱帯と連結し、複合的な支持構造を形成します(Terry et al., 1986)。
- 外側筋間中隔を介して大腿骨リネア・アスペラにも付着し、大腿骨全長にわたって安定性を提供します(Merican and Amis, 2009)。
機能的意義
- テンションバンド機構:立位や歩行時に大腿骨外側に牽引帯(tension band)として働き、大腿骨への曲げモーメントを減少させます(Kaplan, 1958)。
- 骨盤安定化:歩行の立脚期に中殿筋と協調して働き、骨盤の対側への傾斜(Trendelenburg徴候)を防止します(Gottschalk et al., 1989)。
- 歩行サイクル調節:歩行の遊脚期から立脚期初期にかけて大腿筋膜張筋と協調し、下肢の前方加速に寄与します(Inman, 1947)。
- 膝関節の安定化:外側側副靱帯と協働して膝の外側安定性に寄与し、特に膝関節伸展位での回旋安定性を高めます(Lobenhoffer et al., 1987)。
臨床的意義
- 腸脛靱帯摩擦症候群(ITBS):最も一般的な過使用傷害の一つで、膝関節屈伸時に腸脛靱帯が大腿骨外側上顆と摩擦を起こし、疼痛を生じます。ランナーやサイクリストに多く見られます(Orchard et al., 1996)。
- バイオメカニクス異常:過度な回内足(扁平足)や下肢のアライメント異常は腸脛靱帯の緊張増加を引き起こし、慢性的な痛みの原因となります(Noehren et al., 2007)。
- 股関節手術への影響:人工股関節全置換術などの手術アプローチにおいて腸脛靱帯の処理が重要で、術後のリハビリテーションにも影響します(Papadopoulos et al., 2018)。
- 膝関節安定性:前十字靱帯損傷などの膝関節不安定性がある場合、腸脛靱帯は代償的な安定化機構として機能します(Amis, 2007)。
この構造は解剖学的に複雑で多機能な組織であり、下肢の力学的支持と運動効率において中心的な役割を果たしています。特にスポーツ医学と整形外科領域では重要な臨床的意義を持ちます(Falvey et al., 2010)。