大胸筋 Musculus pectoralis major
大胸筋は、胸部前面に位置する扇形の大きな筋肉で、解剖学的特徴と臨床的意義を持ちます(Moore et al., 2022):
解剖学的特徴
- 発生学的には上肢の屈筋群から派生し、前胸壁に大きな翼状の形状を形成します(Schuenke et al., 2020)。
- 筋の構造:鎖骨部(頭側部)、胸肋部(中間部)、腹部(尾側部)の3つの部分から構成され、これらの線維は集束して上腕骨に向かい、らせん状に捻れながら停止します(Standring, 2021)。
- 起始:
- 鎖骨部:鎖骨の胸骨端から胸鎖関節にかけての前面
- 胸肋部:胸骨前面、第2〜6肋軟骨前面
- 腹部:腹直筋鞘前葉および外腹斜筋腱膜
- 停止:上腕骨大結節稜(稜)に停止し、その腱は二層構造を形成します。表層の腱膜は主に鎖骨部由来で、深層の腱膜は胸肋部・腹部由来です(Drake et al., 2019)。
- 神経支配:内側胸筋神経(C8, T1)と外側胸筋神経(C5-C7)により二重支配を受けます(Agur and Dalley, 2021)。
- 血液供給:胸肩峰動脈、外側胸動脈、胸腹壁動脈からの分枝
機能
- 上腕の動き(Neumann, 2017):
- 内転(腕を体側に引き寄せる)
- 内旋(腕を内側に回す)
- 水平内転(腕を体の前で内側に動かす)
- 前方挙上(屈曲、特に鎖骨部による)
- 呼吸補助筋:固定筋として作用し、強制吸気時に肋骨を引き上げる
- 姿勢保持:上肢の支持や懸垂時に重要な役割を果たす
臨床的意義
- 損傷と障害(Magee, 2020):
- 腱板断裂:特にスポーツ活動(ベンチプレスなど)や外傷で発生
- Poland症候群:片側の大胸筋の先天的欠損
- 拘縮:胸部手術後や乳がん手術後に発生することがある
- 筋電図検査:C5-T1の神経根障害の評価に有用(Kimura, 2018)
- 乳房手術:乳房切除や再建術において大胸筋は重要な解剖学的指標(Wong et al., 2021)
- 運動医学:肩関節の安定性に寄与し、投球動作などのスポーツ動作で重要(Halder et al., 2019)
大胸筋は胸部の外観に大きく寄与するだけでなく、上肢の動きと肩関節の安定性に不可欠な役割を果たしています。また、解剖学的変異も多く、稀に鎖骨部が欠損する場合や、過剰筋束が存在する場合があります(Bergman et al., 2022)。
参考文献