短母趾伸筋 Musculus extensor hallucis brevis
短母趾伸筋は足背部に位置する解剖学的に重要な筋肉で、以下の詳細な特徴を持ちます(Standring, 2021):

J0274 (右足の骨:足の筋の起こる所と着く所を示す背面図)

J0275 (右足の骨:足筋の起こる所と着く所を示す足底側の図)

J0520 (右足背の表層筋)

J0521 (右足背の第二層の筋)

J0969 (右下腿の深部神経、前外側からの図)
位置と起始・停止:
- 起始:踵骨の前部背側面(踵骨洞)と骨間距踵靭帯から起始します(Moore et al., 2022)。
- 停止:母趾(第1趾)の背側腱膜を経由して基節骨底背側面に停止します(Netter, 2019)。
解剖学的特徴:
- 短趾伸筋の内側部分として解剖学的には区別されますが、機能的には独立した筋として扱われます(Gray, 2020)。
- 筋腹は扁平で細長く、足背部の浅層に位置しています(Sarrafian and Kelikian, 2011)。
- 筋線維は内側方向に走行し、母趾近位で腱に移行します。
- 長母趾伸筋の深層を通過する間、筋膜鞘に包まれています(Bibbo et al., 2003)。
- 短趾伸筋との解剖学的関係が密接で、発生学的にも共通の起源を持ちます。
機能:
- 主に母趾の中足趾節関節(MP関節)における背屈を担当します(Kendall et al., 2010)。
- 長母趾伸筋と協調して母趾の背屈運動に関与し、特に母趾の精密な動きの制御に貢献します。
- 足趾の把持機能をサポートし、バランス保持と歩行の推進力生成に関与します(Standring, 2021)。
神経支配:
- 深腓骨神経(L5, S1由来)の筋枝によって支配されます(Moore et al., 2022)。
- 神経支配経路:総腓骨神経→深腓骨神経→短母趾伸筋への筋枝
走行と解剖学的関係:
- 長母趾伸筋腱の外側に並走し、腓側縁を走行します(Netter, 2019)。
- 足背動脈の深層を通過し、伸筋支帯の下方を通ります(Sarrafian and Kelikian, 2011)。
- その後、腱膜状に広がり母趾基節骨底背側に付着します。
- 筋膜解剖学的に、足背筋膜の深層に位置しています(Bibbo et al., 2003)。
臨床的意義:
1. 神経障害と診断
- 深腓骨神経障害(L5-S1神経根障害、総腓骨神経障害を含む)の際に、短母趾伸筋は重要な診断的指標となります(Kendall et al., 2010)。
- 腓骨神経障害時には短母趾伸筋の機能低下が生じ、母趾の背屈力低下や歩行時の躓きが見られることがあります。特に、前足部離地期(toe-off phase)における推進力の減少が顕著になります(Moore et al., 2022)。
- 足根管症候群などの絞扼性神経障害の鑑別診断において、短母趾伸筋の筋力テスト(Manual Muscle Testing)や筋電図所見(EMG)が診断的価値を持ちます(Bibbo et al., 2003)。
- 針筋電図検査では、安静時の異常自発電位(線維自発電位、陽性鋭波)の有無、随意収縮時の運動単位電位の振幅・持続時間・動員パターンの評価が行われます(Kendall et al., 2010)。
- 神経伝導速度検査において、深腓骨神経の運動神経伝導速度測定の際に短母趾伸筋が記録筋として使用されることがあります(Moore et al., 2022)。
2. スポーツ傷害
- 母趾MTP関節の過剰背屈による障害(ターフトゥ:Turf Toe)は、人工芝上でのスポーツ活動中に発生しやすく、短母趾伸筋の過伸展や腱の部分断裂を伴うことがあります(Bibbo et al., 2003)。
- ターフトゥの臨床症状には、母趾MTP関節の腫脹、疼痛、可動域制限、荷重時痛が含まれ、重症例では関節不安定性や軟骨損傷を合併することがあります(Anderson, 2010)。
- サッカー、アメリカンフットボール、バスケットボールなどの競技において、急激な方向転換や踏み込み動作時に短母趾伸筋の過負荷が生じやすくなります(Clanton et al., 2015)。
- ランニング動作における反復的ストレスにより、短母趾伸筋腱の腱鞘炎や腱周囲炎が発生することがあります(Mason et al., 2011)。
3. 臨床評価法
- 徒手筋力テスト(MMT):患者を座位または仰臥位とし、母趾を自動的に背屈させ、検査者が母趾末節骨に抵抗を加えることで筋力を5段階(0-5)で評価します(Kendall et al., 2010)。
- 触診:足背外側部において、短母趾伸筋の筋腹と腱を触知し、筋緊張度、圧痛の有無、腫脹の程度を評価します(Moore et al., 2022)。
- 可動域評価:母趾MTP関節の背屈可動域(正常値:70-90度)を測定し、対側との比較を行います(Netter, 2019)。
- 機能的評価:歩行分析において、立脚期から遊脚期への移行時の母趾背屈動作を観察し、短母趾伸筋の機能を評価します(Sarrafian and Kelikian, 2011)。
4. 画像診断
- MRI検査:T1強調画像で筋の形態と信号強度を評価し、T2強調画像やSTIR画像で炎症や浮腫の有無を確認します。腱の連続性、周囲軟部組織の状態も評価可能です(Anderson, 2010)。
- 超音波検査:リアルタイムで短母趾伸筋の動的評価が可能であり、腱の肥厚、腱鞘液の貯留、部分断裂の検出に有用です。また、動態評価により機能的な異常も把握できます(Mason et al., 2011)。
- 単純X線撮影:骨性病変(骨棘、骨嚢胞、骨折など)の除外診断や、軟部組織の石灰化病変の検出に用いられます(Clanton et al., 2015)。
5. 外科的アプローチと手術時の解剖学的指標
- 足背へのアプローチ:足部外科手術において、短母趾伸筋は足背部の重要な解剖学的指標(ランドマーク)となります。特に、第1中足骨や母趾MTP関節へのアプローチでは、短母趾伸筋腱の同定が不可欠です(Moore et al., 2022)。
- 神経血管束の保護:足背動脈と深腓骨神経は短母趾伸筋の深層を走行するため、手術操作時には神経血管損傷を避けるために慎重な剥離が必要です(Sarrafian and Kelikian, 2011)。
- 腱移行術:腓骨神経麻痺による下垂足の治療において、後脛骨筋腱や長母趾屈筋腱を足背部の伸筋腱(短母趾伸筋を含む)に移行する手術が行われることがあります(Bibbo et al., 2003)。
- 外反母趾手術:外反母趾矯正術(Chevron骨切り術、Scarf骨切り術など)において、短母趾伸筋腱の処理や内側関節包との位置関係の理解が重要です(Anderson, 2010)。
6. リハビリテーションと治療
- 保存療法:急性期には安静、冷却、圧迫、挙上(RICE処置)を行い、炎症の軽減を図ります。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用も考慮されます(Clanton et al., 2015)。
- 理学療法:短母趾伸筋の選択的強化運動(セラバンドを用いた抵抗運動、タオルギャザー運動など)、柔軟性改善のためのストレッチング、固有受容感覚トレーニングが含まれます(Kendall et al., 2010)。
- 装具療法:母趾の過度な背屈を制限するためのテーピングや、カーボンファイバー製の足底挿板(インソール)の使用が有効です(Mason et al., 2011)。
- 段階的スポーツ復帰プログラム:組織の治癒過程に応じて、荷重訓練、歩行訓練、ジョギング、ランニング、スポーツ特異的動作へと段階的に負荷を増加させます(Anderson, 2010)。
7. 関連する病態
- 区画症候群:足部の前方区画(anterior compartment)における慢性労作性区画症候群では、短母趾伸筋を含む伸筋群の機能障害が生じることがあります(Bibbo et al., 2003)。
- 関節リウマチ:母趾MTP関節の炎症性変化により、短母趾伸筋腱の腱鞘炎や腱の変性が生じることがあります(Moore et al., 2022)。
- 糖尿病性神経障害:末梢神経障害により短母趾伸筋の筋力低下が生じ、歩行障害や転倒リスクの増加につながることがあります(Sarrafian and Kelikian, 2011)。
- 痛風:母趾MTP関節の痛風発作時には、短母趾伸筋腱周囲にも炎症が波及し、著明な腫脹と疼痛を呈することがあります(Clanton et al., 2015)。
8. 予後と合併症
解剖学的変異:
参考文献
書籍