棘上筋 Musculus supraspinatus

棘上筋は、肩関節の回旋筋腱板(ローテーターカフ)を構成する4つの筋のひとつであり、解剖学的および臨床的に極めて重要な筋です(Terry and Chopp, 2000)。肩関節の動的安定化と上腕外転運動において中心的な役割を果たし、その損傷は肩関節機能に重大な影響を及ぼします。

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J0164 (右肩甲骨、筋の起こる所と着く所:前面からの図)

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J0172 (右上腕骨、上端部:上方からの図)

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J0175 (右上腕骨とその筋の起こる所と着く所:前方からの図)

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J0420 (頚部の筋(第3層):右側からの図)

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J0468 (右上腕の筋:背面図)

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J0469 (右上腕の筋:背面図)

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J0470 (右上腕の筋(深層):背面図)

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J0932 (右側の腕神経叢とその短い枝:前面からの図)

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J0933 (右肩甲骨の神経:後方からの図)

解剖学的特徴

起始

棘上筋は肩甲骨の棘上窩から起始します。具体的には、棘上窩の内側2/3の領域と、それを覆う肩甲骨縁および肩甲棘に付着する棘上筋膜から起始します。棘上窩は肩甲棘より上方に位置する三角形の凹面であり、この窩の大部分を棘上筋が占めています(Standring, 2020)。起始部の筋線維は筋膜を介して骨に強固に付着しており、この構造が筋の収縮力を効率的に伝達します。

走行と構造

棘上筋は起始部から外側に向かって走行し、扁平な筋腹を形成します。筋線維は外側に進むにつれて徐々に集束し、肩峰と烏口肩峰靭帯の下方を通過します。この際、筋腱は肩峰下滑液包(subacromial bursa)の下を滑走します(Moore et al., 2018)。肩峰下滑液包は棘上筋腱と肩峰の間に位置し、摩擦を軽減する重要な役割を果たしています。筋腹は肩甲切痕付近で腱に移行し始め、この腱移行部は力学的ストレスが集中しやすい部位です(Codman, 1934)。

停止

棘上筋腱は上腕骨大結節の最上部である上部小面(superior facet)に停止します。停止部では、腱線維が肩関節包と強固に癒合しており、関節包の補強に貢献します(Neumann, 2017)。この癒合により、棘上筋の収縮時に関節包が挟み込まれることを防ぎ、関節の円滑な運動を可能にしています。停止部の腱は幅約15-20mmで、厚さは約3-5mmです(Clark and Harryman, 1992)。腱の停止部における組織学的構造は、コラーゲン線維が骨に対して垂直に配列する「腱骨接合部(enthesis)」を形成しており、この部位は力学的負荷が大きく、病変の好発部位となります。

神経支配

棘上筋は肩甲上神経(suprascapular nerve、C5-C6由来)により支配されます(Tubbs et al., 2016)。肩甲上神経は腕神経叢の上神経幹から分岐し、肩甲切痕(suprascapular notch)を通過して棘上窩に到達します。この切痕は上肩甲横靭帯(superior transverse scapular ligament)によって覆われ、骨-靭帯トンネルを形成します。この解剖学的構造のため、肩甲上神経はこの部位で圧迫を受けやすく、絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)の原因となります(Callahan et al., 1991)。神経損傷が生じると、棘上筋の筋力低下や萎縮が生じ、肩関節機能が著しく障害されます。神経は棘上筋に複数の筋枝を出した後、肩甲切痕を回り込んで棘下筋にも分布します。

血液供給

棘上筋への主要な血液供給は、肩甲上動脈(suprascapular artery)と肩甲下動脈(subscapular artery)の分枝によって行われます(Rothman and Parke, 2006)。肩甲上動脈は上肩甲横靭帯の上方を通過し、棘上筋の筋腹に分布します。一方、肩甲下動脈からの回旋肩甲動脈(circumflex scapular artery)は肩甲骨外側縁を回り込み、筋の外側部に血液を供給します。

重要な解剖学的特徴として、棘上筋腱の停止部近傍には「クリティカルゾーン(critical zone)」と呼ばれる相対的な低血流域が存在します(Codman, 1934; Rothman and Parke, 2006)。この領域は停止部から約1cm近位の腱内部に位置し、筋腹側からの血管と停止部の骨からの血管の両方が十分に到達しにくい領域です。この血流の乏しさが、この部位における腱板断裂の好発や治癒遅延の一因となっています。加齢に伴い、この領域の血流はさらに低下することが知られています(Moseley and Goldie, 1963)。

機能

上腕外転

棘上筋の主要な機能は上腕の外転運動です。特に外転の初期相(0〜15°)において重要な役割を果たします(Inman et al., 1944)。従来、棘上筋は外転開始時の「イニシエーター」として機能し、その後三角筋が主動筋となると考えられていましたが、近年の筋電図研究では、棘上筋と三角筋は外転運動の全可動域において同時に活動することが示されています(Escamilla et al., 2009)。棘上筋の貢献は外転角度によって変化し、特に0〜60°の範囲で最も活動が高くなります。棘上筋の最大筋力は外転30°付近で発揮されます(Otis et al., 1994)。

動的安定化機能

棘上筋の最も重要な機能のひとつは、肩関節の動的安定化です(Ludewig and Reynolds, 2009)。上腕骨頭は浅い関節窩に対して不安定な構造を持つため、筋による積極的な安定化が不可欠です。棘上筋は収縮時に上腕骨頭を関節窩に対して圧迫し、求心力(compression force)を生み出します。同時に、収縮により生じる下方への力のベクトルは、三角筋による外転時の上方への力に対抗し、上腕骨頭が肩峰下に衝突することを防ぎます(遠心性収縮による制御)。この「force couple(力のカップル)」メカニズムは、肩関節の円滑な運動に不可欠です(Inman et al., 1944)。