関節腔 Cavitas articularis

J0295 (頭蓋骨と頚椎の靭帯:右側からの図)

J0302 (後頭骨と最初から三番目までの頚椎を含む正中矢状断とそのリング状の組織:左方からの若干図式化された図)

J0327 (右側の仙腸関節:前頭断、前面からの後半部分の図)

J0329 (恥骨結合:前面切開、後部切片、前面からの図)

J0452 (腰部の筋:横断図)
解剖学的構造
関節腔(Cavitas articularis)は、滑膜関節において隣接する骨端間に形成される潜在的空間であり、関節の正常な運動機能に不可欠な構造です(Gray and Standring, 2021)。
- 解剖学的定義:関節腔は、関節軟骨で覆われた骨端と滑膜によって囲まれた閉鎖空間として定義されます。この空間は通常、毛細管様の裂隙として存在し、少量の滑液で満たされています。
- 境界構造:
- 関節軟骨(Cartilago articularis):硝子軟骨からなり、無血管性の組織で、厚さは関節により異なりますが通常2〜4mm程度です。軟骨細胞(軟骨細胞)と細胞外基質(主にII型コラーゲンとプロテオグリカン)で構成されています(Sophia Fox et al., 2009)。
- 滑膜(Membrana synovialis):関節包の内層を形成する特殊な結合組織で、滑液産生を担う滑膜細胞層(1〜3層)と血管に富んだ結合組織層から構成されます。滑膜細胞にはマクロファージ様のA型細胞(M細胞)と線維芽細胞様のB型細胞(F細胞)が存在します(Smith, 2011)。
- 関節包(Capsula articularis):外層の線維層(Stratum fibrosum)と内層の滑膜層(Stratum synoviale)の二層構造を持ち、関節腔を完全に密閉しています。
- 形態学的特徴:関節腔の形状は関節の種類によって特徴的な形態を示します。球関節(肩関節、股関節)では球状、蝶番関節(肘関節、膝関節)では円筒状または半月状、平面関節では扁平な裂隙状を呈します。
- 発生学:胎生5〜8週に間葉組織の中心部が異化(細胞死と基質溶解)により空洞化することで関節腔が形成されます。この過程は関節形成(arthrogensis)と呼ばれ、GDF5などの成長因子によって制御されています(Pacifici et al., 2018)。
滑液(Synovia)の生化学と生理機能
滑液は関節腔を満たす粘稠な透明液体で、関節の正常機能維持に必須の役割を果たします。
- 組成:
- ヒアルロン酸:分子量250〜400万の高分子多糖類で、滑液の粘弾性を規定する主要成分です。濃度は2〜4mg/mLで、B型滑膜細胞により合成されます(Tamer, 2013)。
- プロテオグリカン:アグリカン、デコリン、ルブリシンなどが含まれ、特にルブリシン(PRG4)は境界潤滑に重要な役割を果たします。
- 電解質と栄養素:血漿とほぼ同様の電解質組成を持ちますが、蛋白質濃度は血漿の約1/3(10〜20mg/mL)です。グルコース、アミノ酸、酸素も含まれます。
- 細胞成分:正常では白血球数は200個/mm³未満で、主に単核球です。
- 物理化学的性質:
- 粘弾性:滑液は非ニュートン流体で、せん断速度が増加すると粘度が低下するチキソトロピー性を示します。低速運動時は高粘性で衝撃吸収に働き、高速運動時は低粘性で円滑な運動を可能にします(Schmidt et al., 2007)。
- pH:正常では7.3〜7.4の弱アルカリ性を示します。
- 浸透圧:血漿とほぼ等張です。
- 生理機能:
- 潤滑作用:境界潤滑(boundary lubrication)と流体潤滑(fluid-film lubrication)の両機構により、関節表面の摩擦係数を0.001〜0.03という極めて低い値に維持します。これは氷上の摩擦よりも低い値です(Greene et al., 2011)。
- 衝撃吸収:粘弾性特性により、運動時の衝撃力を分散・減衰させ、関節軟骨を保護します。
- 栄養供給:無血管性の関節軟骨に対して、拡散により栄養素(グルコース、アミノ酸、酸素)を供給し、代謝産物を除去します。この過程は関節運動による「ポンプ作用」により促進されます(Buckwalter and Mankin, 1998)。
- 免疫防御:滑膜A型細胞のマクロファージ機能により、関節腔内の異物や病原体を貪食します。
- 産生と吸収:滑液は滑膜B型細胞により連続的に産生され、滑膜下のリンパ管を介して吸収されます。正常膝関節では約2〜4mLの滑液が存在し、1日に数回完全に入れ替わる動的平衡状態にあります(Smith, 2011)。
臨床的意義
関節腔と滑液の病態は多くの関節疾患の中心をなし、診断と治療の重要な標的となります。
- 診断的アプローチ:
- 関節穿刺(arthrocentesis):関節液を採取し、肉眼的観察(色調、混濁度、粘稠度)、細胞数算定、グラム染色・培養、結晶検査、生化学検査を行います。これにより炎症性疾患、感染性疾患、結晶性関節症の鑑別が可能です(Courtney and Doherty, 2013)。
- 滑液所見の分類:
- 正常:無色透明、粘稠度高、白血球数<200/mm³
- 非炎症性:淡黄色透明、粘稠度やや低下、白血球数200〜2,000/mm³(変形性関節症など)
- 炎症性:黄色混濁、粘稠度低下、白血球数2,000〜50,000/mm³、好中球優位(関節リウマチ、痛風など)
- 感染性:膿性、粘稠度著明低下、白血球数>50,000/mm³、好中球優位(化膿性関節炎)
- 病理学的変化:
- 関節リウマチ(RA):自己免疫機序により滑膜炎が生じます。炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-α)の産生亢進により滑膜増殖(パンヌス形成)が起こり、関節軟骨と骨の破壊が進行します。滑液中の白血球数は10,000〜25,000/mm³程度で、補体低下とリウマトイド因子陽性が特徴的です(McInnes and Schett, 2017)。
- 変形性関節症(OA):加齢や機械的ストレスにより軟骨基質が変性します。軟骨基質分解酵素(マトリックスメタロプロテアーゼ:MMP、アグリカナーゼ:ADAMTS)の活性亢進により、II型コラーゲンとプロテオグリカンが分解されます。滑液中のヒアルロン酸の分子量低下と濃度減少により潤滑能が低下します(Loeser et al., 2012)。
- 感染性関節炎:細菌(最多は黄色ブドウ球菌)が血行性または直接侵入により関節腔に感染します。滑液は膿性で白血球数は50,000/mm³以上(多くは100,000/mm³超)、好中球90%以上、グルコース著明低下(血糖の50%未満)が特徴的です。迅速な診断と治療が必要で、遅延すると不可逆的な関節破壊を来します(Mathews et al., 2010)。
- 痛風性関節炎:尿酸結晶(尿酸一ナトリウム一水和物)の関節腔内沈着により急性炎症が生じます。偏光顕微鏡下で針状の負の複屈折を示す結晶が白血球内に貪食されているのが診断的です。
- 偽痛風(CPPD:calcium pyrophosphate deposition disease):ピロリン酸カルシウム結晶の沈着による関節炎で、偏光顕微鏡下で菱形または棒状の弱い正の複屈折を示します。
- 関節血症:外傷や血友病などの凝固異常により関節腔内に出血が生じます。滑液は血性で、反復すると鉄沈着により滑膜と軟骨の変性が進行します。
- 治療的アプローチ:
- 関節内注射:
- コルチコステロイド:抗炎症作用により関節リウマチや変形性関節症の症状を軽減します。トリアムシノロンやベタメタゾンが用いられます。
- ヒアルロン酸製剤:滑液の粘弾性を補充し、潤滑作用と鎮痛作用を発揮します。分子量により低分子(80〜120万)、中分子(160〜220万)、高分子(270〜370万)、架橋型に分類されます(Zhang et al., 2016)。
- PRP(多血小板血漿):成長因子の供給により組織修復を促進する可能性がありますが、有効性は議論があります。
- 関節洗浄(arthrocentesis with lavage):変形性関節症や感染性関節炎で、炎症性メディエーターや細菌、debris(破片)を除去します。
- 関節鏡視下手術(arthroscopy):関節腔を直視下に観察し、滑膜切除、軟骨整復、半月板切除・縫合などの処置を低侵襲に行います。
画像診断