鼓室蓋 Tegmen tympani
鼓室蓋は、側頭骨の岩様部(錐体部)に存在する薄い骨板で、中耳と頭蓋内腔を隔てる重要な解剖学的構造です。その解剖学的特徴と臨床的意義について以下に詳述します(Gray, 2020; Standring, 2021)。

J0027 (側頭骨:内上方からの図)

J0029 (右の側頭骨:前方からの図)

J0030 (右の側頭骨:切断、外側部を削り取って鼓室とその周囲を示す図)

J0034 (新生児の右側頭骨:内側からの図)

J0099 (18cm長(4ヶ月)胎児の内頭蓋底)

J1042 (右の鼓室の内側壁:外側からの図)

J1056 (右側の側頭骨を垂直に切断し、外側の切断面を内側からの図)

J1058 (右の蝸牛の垂直断面:側面からの垂直断面)
1. 解剖学的特徴
1.1 位置と形態
- 鼓室蓋は側頭骨岩様部の前上面に位置し、前内側から後外側に向かって弓状に隆起した薄い骨板を形成しています(Schuknecht and Gulya, 2010)。
- 前方では蝶形骨大翼と、後方では側頭骨鱗部と接しており、これらの接合部は錐体鱗裂(petrosquamosal fissure)を形成します。この裂隙は新生児や小児では特に広く、成長とともに骨化が進みます(Netter, 2019; Langman and Sadler, 2023)。
- 鼓室蓋は中耳腔(鼓室)の上壁を構成し、同時に中頭蓋窩の底部の一部を形成することで、中耳と頭蓋内腔との境界を成します(Swartz, 2015)。
1.2 構造的特性
- 厚さは約0.5〜1mmと非常に薄く、個人差が大きいことが知られています。一部の症例では骨が欠損し、硬膜が直接中耳腔に露出していることもあります(Proctor, 2018; Merchant and Nadol, 2010)。
- 骨質は緻密骨で構成されていますが、その薄さから半透明に近い性質を持ち、手術時には硬膜の色調が透けて見えることがあります(Gulya et al., 2019)。
- 鼓室蓋は鼓室本体だけでなく、耳管の筋性部(muscular part of auditory tube)および鼓室上陥凹(epitympanic recess)も覆っており、これらの構造の上壁として重要な役割を果たしています(Hildmann and Sudhoff, 2017)。
1.3 血管と神経の関係
- 鼓室蓋の上面(頭蓋内面)には、硬膜と中硬膜動脈の前枝が接しており、側頭骨骨折時にはこれらの血管損傷による硬膜外血腫のリスクがあります(Patel et al., 2018)。
- 鼓室蓋の下面(中耳側)には、ツチ骨頭やキヌタ骨体を含む耳小骨連鎖の上部が位置し、鼓室蓋の形態異常はこれらの構造に影響を及ぼす可能性があります(Schuknecht and Gulya, 2010)。
2. 臨床的意義
2.1 感染経路としての重要性
- 鼓室蓋は中耳と頭蓋内腔を隔てる重要なバリアとして機能しており、その完全性が損なわれると重篤な頭蓋内合併症のリスクが高まります(Merchant and Nadol, 2010)。
- 先天性の骨発育不全、加齢による骨吸収、または真珠腫による骨破壊により、鼓室蓋に孔や裂隙が存在することがあります。これらの欠損部位は、中耳炎から硬膜外膿瘍、硬膜下膿瘍、髄膜炎、脳膿瘍などの頭蓋内合併症を引き起こす経路となりえます(Roland and Marple, 2021)。
- 特に慢性中耳炎や真珠腫性中耳炎では、炎症性肉芽組織や真珠腫が鼓室蓋を浸食し、骨破壊を引き起こすことがあります。このような場合、CTやMRIでの評価が不可欠です(Swartz, 2019)。