下行結腸間膜 Mesocolon descendens

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J0720 (大腸と腸間膜の根:前方からの図)

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J0724 (十二指腸空腸陥凹、前方からの図)

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J0726 (S状結腸間陥凹:前下方からの図)

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J0764 (後腹壁にある男性の泌尿器:前方からの図)

1. 解剖学的構造

下行結腸間膜(mesocolon descendens)は、下行結腸を後腹壁に固定する二重層の腹膜ヒダ構造です。この間膜は漿膜性の構造であり、その2層間には血管、神経、リンパ管、および脂肪組織が含まれています(Standring, 2021)。

発生学的には、下行結腸間膜は胎生期の原始後腸(primitive hindgut)に付着する背側腸間膜(dorsal mesentery)の一部として形成されます(Sadler, 2019)。胎生第6週頃、中腸の生理的臍帯ヘルニアが発生し、その後第10週にかけて腹腔内へ還納される際に、結腸は反時計回りに270度回転します(Moore et al., 2020)。この回転過程において、下行結腸は左側腹壁に接近し、胎生第4ヶ月頃になると、間膜の後葉(壁側腹膜に面する層)と後腹壁の壁側腹膜が二次的に癒着(secondary fusion)します(Kiely, 2014)。

この癒着過程は「後腹膜化(retroperitonealization)」と呼ばれ、Toldt筋膜(Toldt's fascia)として知られる融合筋膜面を形成します(Culligan et al., 2013)。この結果、下行結腸は後腹膜臓器(retroperitoneal organ)となり、その間膜は癒着により消失または著しく短縮します。ただし、個体差があり、一部の症例では下行結腸間膜が比較的自由な可動性を保持することがあります(Spasojevic et al., 2011)。

解剖学的には、下行結腸間膜の付着線は左腎下極の外側から始まり、腸腰筋の前面を斜め下方に走行し、左腸骨稜の内側付近で終わります(Drake et al., 2020)。この付着線の背側には、左尿管、左精巣/卵巣動静脈、左腰神経叢などの重要な後腹膜構造が位置しています(Standring, 2021)。

2. 血管分布と神経支配

下行結腸間膜内の血管系は、主に下腸間膜動脈(inferior mesenteric artery, IMA)の分枝によって構成されます。下腸間膜動脈は腹大動脈から第3腰椎レベルで分岐し、左結腸動脈(left colic artery)、数本のS状結腸動脈(sigmoid arteries)、および上直腸動脈(superior rectal artery)に分かれます(Netter, 2019)。

左結腸動脈は下行結腸の主要な血液供給源であり、上行枝と下行枝に分岐します。上行枝は中結腸動脈の左枝と吻合してDrummond辺縁動脈(marginal artery of Drummond)を形成し、下行枝はS状結腸動脈の最上枝と吻合します(Michels et al., 1965)。この辺縁動脈系は結腸全体にわたる重要な側副血行路を提供しています(Griffiths, 1956)。

静脈系は動脈に並行して走行し、左結腸静脈は下腸間膜静脈(inferior mesenteric vein, IMV)に合流します。下腸間膜静脈は通常、脾静脈または上腸間膜静脈に流入し、最終的に門脈系を形成します(Skandalakis et al., 2004)。

リンパ系は、結腸壁内のリンパ叢から傍結腸リンパ節(paracolic lymph nodes)、中間リンパ節(intermediate lymph nodes)、主リンパ節(principal lymph nodes)へと段階的に流れます。最終的に下腸間膜動脈周囲のリンパ節を経て、傍大動脈リンパ節へと流入します(Chung et al., 2012)。

神経支配は、交感神経系と副交感神経系の両方から受けます。交感神経線維は上下腹神経叢を介して、副交感神経線維は骨盤神経叢および迷走神経を介して支配されます(Drake et al., 2020)。

3. 臨床的意義

下行結腸間膜の解剖学的理解は、大腸外科手術において極めて重要です。特に下行結腸癌やS状結腸癌に対する手術では、腫瘍学的に適切なリンパ節郭清を行うために、間膜の剥離操作(mobilization)が必要となります(Hohenberger et al., 2009)。

近年、Complete Mesocolic Excision(CME)の概念が提唱され、結腸癌手術において間膜を胎生学的な層に沿って完全切除することで、予後が改善することが示されています(Hohenberger et al., 2009; West et al., 2010)。この手技では、Toldt筋膜を同定し、後腹膜との癒着面を正確に剥離することが重要です(Culligan et al., 2013)。

腹腔鏡下手術においても、下行結腸の授動は基本的手技の一つです。内側アプローチ(medial-to-lateral approach)では、下腸間膜動脈の根部から剥離を開始し、無血管層であるToldt筋膜面を同定しながら外側へと展開します(Liang et al., 2013)。この際、左尿管や左精巣/卵巣動静脈などの後腹膜構造の損傷を避けることが重要です(Lange and Stein, 2017)。

炎症性腸疾患においても、下行結腸間膜領域は重要な病変部位となります。潰瘍性大腸炎では左側結腸に病変が及ぶことが多く、クローン病では全消化管に病変が生じ得ますが、いずれの場合も間膜の肥厚や血管増生(creeping fat)が特徴的所見として認められます(Stange et al., 2012; Torres et al., 2017)。

虚血性大腸炎は、下行結腸とS状結腸の境界部である左結腸曲付近に好発します。これは、上腸間膜動脈と下腸間膜動脈の支配領域の境界にあたるwatershed areaであるためです(Brandt and Boley, 2000)。高齢者や動脈硬化性疾患を有する患者では、この領域の血流が特に障害されやすくなります(Trotter et al., 2015)。

憩室炎は先進国における一般的な疾患であり、特にS状結腸に好発しますが、下行結腸にも発生します(Stollman and Raskin, 2004)。炎症が間膜に及ぶと、膿瘍形成や穿孔のリスクが高まります(Jacobs, 2007)。