

J0694 (小腸(空腸)の部分は、一部が腸間膜の基部で切り開かれた図)

小腸の輪状ヒダ(plicae circulares)は、ケルクリング襞(Kerckring's folds)とも呼ばれ、小腸粘膜および粘膜下組織が管腔内に突出した恒久的な輪状の隆起構造です(Standring, 2020)。組織学的には、粘膜と粘膜下層で構成され、固有筋層までは及びません(Ross and Pawlina, 2016)。これらの襞は小腸の内腔表面に永続的な構造として存在し、空腹時においても消失しない点で、胃粘膜の一時的な襞とは明確に区別されます(Moore et al., 2018)。
**分布と形態:**輪状ヒダは十二指腸下行部から始まり、空腸で最も発達し、回腸に向かうにつれて徐々に数と高さが減少します(Netter, 2019)。特に空腸には多数存在し、約800個のヒダがあります(Moore et al., 2018)。回盲部(回腸末端)では、ほぼ完全に消失します(Standring, 2020)。各ヒダの高さは8〜10mm程度で、幅は3〜8mmとされています(Netter, 2019)。空腸における輪状ヒダの密度は1cmあたり約3〜5個であるのに対し、回腸では1cmあたり1〜2個程度に減少します(Paulsen and Waschke, 2018)。
「輪状」という名称ですが、実際には完全な輪を形成することはまれで、多くは腸管周囲の1/2~2/3を半月状に走行します(Sinnatamby, 2011; Drake et al., 2020)。隣接するヒダ同士が吻合して不規則なネットワークを形成することもあります(Standring, 2020)。組織学的には、各ヒダの中心部には粘膜下組織が入り込んでおり、その表面は粘膜固有層と上皮に覆われています(Ross and Pawlina, 2016)。粘膜固有層には多数の腸絨毛が存在し、さらに表面積を増大させています(Young et al., 2014)。
輪状ヒダは小腸の表面積を約3倍に増加させ、栄養素の吸収効率を高めます(Young et al., 2014; Barrett et al., 2019)。腸絨毛と微絨毛と合わせると、小腸の吸収面積は全体で約200〜300m²に達します(Guyton and Hall, 2016)。また腸内容物の通過速度を遅くし、消化と吸収のための接触時間を延長させる役割があります(Barrett et al., 2019)。これにより、食物が小腸を通過する時間は3〜5時間程度に延長され、効率的な栄養吸収が可能になります(Boron and Boulpaep, 2017)。
臨床的には、小腸造影検査(小腸透視)やCT・MRIエンテログラフィーにおいて重要な解剖学的指標となり、空腸と回腸の鑑別に役立ちます(Paulsen and Waschke, 2018; Elsayes and Shaaban, 2016)。放射線学的には、「羽毛状パターン(feathery pattern)」として観察され、空腸の特徴的な所見とされています(Herlinger et al., 2000)。
クローン病などの炎症性腸疾患では輪状ヒダの肥厚や変形が見られることがあります(Kumar et al., 2021; Podolsky, 2002)。炎症の進行により、ヒダの融合や消失が生じ、「敷石状外観(cobblestone appearance)」と呼ばれる特徴的な所見を呈します(Elsayes and Shaaban, 2016)。また、小腸腫瘍やリンパ腫などでは、輪状ヒダのパターンが乱れる場合があり、診断の手がかりになります(Kumar et al., 2021)。セリアック病(グルテン過敏性腸症)では、輪状ヒダの平坦化や消失が特徴的な所見として知られています(Green and Cellier, 2007)。
吸収不良症候群の診断においても、輪状ヒダの評価は重要であり、ヒダの減少や消失は吸収不良の指標となります(Herlinger et al., 2000)。小腸閉塞においては、拡張した小腸内で輪状ヒダが明瞭に観察され、「ケルクリング襞像」として診断的価値があります(Elsayes and Shaaban, 2016)。
オランダの解剖学者テオドルス・ケルクリング(Theodor Kerckring, 1640-1693)の名前が付けられていますが、実際にはそれ以前にイタリアの解剖学者ガブリエーレ・ファロッピオ(Gabriele Falloppio, 1523-1562)によって発見されていました(Tubbs et al., 2016)。ケルクリングは1670年に著書『Spicilegium Anatomicum』において詳細な記述を行い、その功績から彼の名前が付けられています(Woywodt and Matteson, 2007)。歴史的には、「valvulae conniventes(合弁状弁)」とも呼ばれていました(Standring, 2020)。