顎二腹筋 Musculus digastricus

J0065 (下顎の右半分、筋の起こる所と着く所:内側からの図)

J0081 (外頭蓋底:筋の起こる所と着く所を示す図)

J0417 (頚部の筋(2層):前方からの図)

J0418 (頚部の筋(第2層):右側からの図)

J0420 (頚部の筋(第3層):右側からの図)

J0557 (頚部浅層の動脈:右前方からの図)

J0612 (頚部の静脈、腹側図)

J0640 (頭部の前頭断、後方からの図)

J0669 (唾液腺:右側の下顎の右半分を除去した図)

J0670 (下顎腺とその周囲:右下方からの図)

J0680 (咽頭と喉頭の筋:後方から見た図)

J0683 (頭蓋骨の筋:後方からの図)

J0913 (下顎神経の分岐、深層:右方からの図)

J0922 (右迷走神経の耳介枝:後方からの図)
顎二腹筋は、頭蓋底から下顎骨に至る複雑な走行を示す、舌骨上筋群の中で最も重要な筋の一つです (Gray and Lewis, 2000; Standring, 2015)。その名称は「二つの腹を持つ筋」を意味し、中間腱によって前腹と後腹に明確に区分される特徴的な形態を持ちます。この筋は、開口運動、嚥下、発声、さらには頭頸部の姿勢維持に至るまで、多様な生理機能に関与しています (Moore et al., 2018)。
1. 解剖学的構造と形態学的特徴
1.1 筋の構成要素
- 前腹 (Venter anterior):
- 長さ約3-4cm、幅約1cmの紡錘形の筋束を形成します (Netter, 2019)。
- 下顎骨下顎底の正中線近傍に位置する顎二腹筋窩 (Fossa digastrica) から起始します。
- 前下内方に斜めに走行し、舌骨体上方で中間腱に移行します。
- 筋線維は比較的短く、速筋線維 (Type II fibers) の割合が高いことが報告されています (Drake et al., 2019)。
- 後腹 (Venter posterior):
- 前腹よりもやや長く、約4-5cmの長さを有します (Standring, 2015)。
- 側頭骨の乳様突起内側基部にある乳突切痕 (Incisura mastoidea) から起始します。
- 前下方に走行し、下顎角の深部を通過して中間腱に至ります。
- 茎突舌骨筋と密接な位置関係にあり、両筋は機能的にも協調して作用します (Moore et al., 2018)。
- 中間腱 (Tendo intermedius):
- 前腹と後腹を連結する約2-3cmの強靭な腱組織です (Fehrenbach and Herring, 2015)。
- 舌骨体と舌骨大角の移行部付近で、線維性または筋性の滑車機構により舌骨に固定されます。
- 茎突舌骨筋が形成する腱性ループを貫通し、この構造により舌骨に対する力学的作用が効率化されます (Sinnatamby, 2011)。
- 中間腱の舌骨への付着様式には個体差があり、完全に固定される場合と、ある程度の可動性を保つ場合があります (Loukas et al., 2016)。
1.2 発生学的背景と二重起源
顎二腹筋の前腹と後腹は、胎生期における異なる鰓弓構造に由来するため、神経支配、血液供給、さらには組織学的特性においても明確な相違が認められます (Sadler, 2018)。
- 前腹の発生:
- 第一鰓弓 (下顎弓) に由来します。
- 下顎骨の発生と密接に関連し、同じ鰓弓から分化する顎舌骨筋、顎二腹筋前腹、オトガイ舌骨筋とともに舌骨上筋群を構成します。
- 三叉神経第三枝 (下顎神経) の運動枝である顎舌骨神経により支配されます (Drake et al., 2019)。
- 後腹の発生:
- 第二鰓弓 (舌骨弓) に由来します。
- 茎突舌骨筋、アブミ骨筋、表情筋群と共通の起源を持ちます。
- 顔面神経 (CN VII) の運動枝により支配され、特に顎二腹筋枝 (Ramus digastricus) が直接支配します (Moore et al., 2018)。
この発生学的二重性は、顎二腹筋が進化の過程で異なる機能的要求に適応した結果であり、哺乳類における咀嚼と嚥下の複雑な協調運動を可能にする重要な解剖学的基盤となっています (Sadler, 2018)。
2. 筋の詳細な付着部と周囲構造との関係
2.1 前腹の起始部
- 付着部位:
- 下顎骨下顎底の顎二腹筋窩 (Fossa digastrica) に付着します。
- この窩は、正中線から外側約2-3cmの位置に存在し、下顎骨の内側面に形成される浅い陥凹です (Netter, 2019)。
- 周囲構造:
- 顎舌骨筋の外側に位置し、オトガイ舌骨筋とともに口腔底の筋層を構成します。
- 顎下腺の深部を通過し、顎下三角 (Trigonum submandibulare) の重要な境界構造となります (Standring, 2015)。
- 舌神経、舌下神経、顔面動静脈との位置関係は、顎下部の手術において極めて重要です (Fehrenbach and Herring, 2015)。
2.2 後腹の起始部
- 付着部位:
- 側頭骨乳様突起の内側基部にある乳突切痕 (Incisura mastoidea) に付着します。
- この切痕は、乳様突起と茎状突起の間に形成される深い溝状の構造です (Moore et al., 2018)。
- 周囲構造: