胸骨 Sternum
胸骨は、胸郭の前部中央に位置する扁平な骨で、解剖学的および臨床的に重要な特徴を持っています(Gray, 2020; Moore et al., 2018)。
解剖学的特徴
- 発生学:胸骨は複数の骨核(胸骨分節)から発生し、出生後に融合します。完全な骨化は20〜25歳頃に完了します(Scheuer and Black, 2004)。
- 構造:主に3つの部分から構成されています(Standring, 2015):
- 胸骨柄(Manubrium sterni):上部にあり、鎖骨と第1・2肋軟骨と接続。胸骨切痕(上縁中央部の凹み)と鎖骨切痕(上外側の関節面)を持ちます。
- 胸骨体(Corpus sterni):中央部にあり、第2〜7肋軟骨と接続。前面には横線(胸骨横線)が見られ、これは発生時の分節痕です。
- 剣状突起(Processus xiphoideus):下部にあり、形状の個人差が大きく、穿孔や分岐が見られることもあります。高齢になると骨化し胸骨体と癒合します。
- 関節(Drake et al., 2019):
- 胸鎖関節(Articulatio sternoclavicularis):胸骨柄の上外側と鎖骨内側端との間に形成される関節で、関節円板を有する複合関節です。
- 胸肋関節(Articulationes sternocostales):胸骨と肋軟骨との間に形成される関節です。
- 胸骨角(Angulus sterni):胸骨柄と胸骨体の接合部に形成される角度で、通常は前方に突出し、第2肋骨の付着部に相当します(ルイ角・Louis angle)。
- 筋肉付着部(Netter, 2018):
- 胸骨には胸鎖乳突筋、胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、大胸筋、腹直筋、横隔膜などの重要な筋肉が付着します。
臨床的意義
- 心肺蘇生法(CPR):胸骨圧迫の重要な指標となります。胸骨下半分(胸骨体)が圧迫部位とされています(American Heart Association, 2020)。
- 胸骨正中切開:心臓手術の際の主要なアプローチ法で、胸骨を縦に切開して心臓にアクセスします(Sabiston and Townsend, 2021)。
- 胸骨骨折:交通事故や強い外傷で発生し、心臓や肺の損傷を合併することがあります(Brunner and Suddarth, 2018)。
- 漏斗胸(Pectus excavatum):胸骨が陥没する先天性異常で、心肺機能に影響を与えることがあります(Jaroszewski et al., 2010)。
- 鳩胸(Pectus carinatum):胸骨が前方に突出する先天性異常です(Robicsek and Watts, 2011)。
- 骨髄穿刺・生検:胸骨は骨髄検査の一般的な部位であり、特に成人では胸骨体上部が用いられます(Bain, 2015)。
胸骨の形状や構造には個人差があり、年齢とともに変化します。例えば、胸骨柄と胸骨体の結合部(胸骨角)は加齢とともに骨化し、胸骨体と剣状突起の間の関節も高齢者では完全に骨化することが多いです。また、性差も顕著で、男性は一般的に女性より長く幅広い胸骨を持ちます(White et al., 2011)。
参考文献
- American Heart Association (2020) '心肺蘇生ガイドライン2020', Circulation, 142(16), pp. S366-S468.
- Bain, B.J. (2015) 'Bone marrow aspiration', Journal of Clinical Pathology, 58(9), pp. 897-903.
- Brunner, L.S. and Suddarth, D.S. (2018) '看護学大全', 14版, Lippincott Williams & Wilkins.
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2019) 'Gray's Anatomy for Students', 4版, Elsevier.