岩様部(側頭骨の)Pars petrosa (Ossis temporalis)

J0027 (側頭骨:内上方からの図)

J0028 (右の側頭骨:下方からの図)

J0032 (新生児の右側頭骨:外側からの図)
J0033 (新生児の右側頭骨:外側からの図)

J0034 (新生児の右側頭骨:内側からの図)

J0085 (内頭蓋底、アノテーション付き)

J0683 (頭蓋骨の筋:後方からの図)

J1044 (右の軟骨性耳管の軟骨部分の側方端近くの断面:内側からの図)

J1045 (右の軟骨性耳管の外側方向と内側部の3分の1の境界断面:内側からの図)

J1046 (右の軟骨性耳管の中央部と内側部の境界断面:内側からの図)

J1047 (右の軟骨性耳管の耳管の咽頭開口近くの断面:内側からの図)
解剖学的構造
側頭骨の岩様部は、頭蓋底を構成する極めて重要な骨構造であり、人体で最も緻密な骨質を持つ部位の一つです (Standring, 2020)。その名称は、ラテン語の「petrosa(岩のような)」に由来し、この部位の硬度を表しています。
形態学的特徴
- 外耳孔の後方にある乳様突起から頭頂切痕にかけての部分で、側頭骨の中で最も硬い部分です。この硬さが「岩(petrous)」という名称の由来となっており、モース硬度で骨の中でも最高値を示します (Moore et al., 2018)。
- 前内方に水平に突出する四角錐状の骨塊(錐体)を形成し、その内部には複雑な骨迷路が存在します。この骨迷路内には内耳(蝸牛、前庭、三半規管)が収められており、聴覚および平衡覚の感覚器官を保護しています (Drake et al., 2019)。
- 蝶形骨と後頭骨との間で後外側から前内側に向かい斜位に介在し、中頭蓋窩と後頭蓋窩の境界を形成します。この配置により、錐体は約45度の角度で頭蓋底に埋め込まれています (Netter, 2022)。
解剖学的区分
岩様部は解剖学的に前面、後面、下面の3面と上縁、前縁、後縁の3縁に大別され、各面・縁には特徴的な構造物が存在します (Standring, 2020):
- 前面(中頭蓋窩面):
- 三叉神経窩(Trigeminal impression):三叉神経節(ガッセル神経節)が位置する浅い陥凹です。
- 弓状隆起(Arcuate eminence):前半規管の骨性突出部です。
- 上錐体洞溝(Groove for superior petrosal sinus):上縁に沿って走行します。
- 錐体隆起(Tegmen tympani):鼓室蓋を形成し、中耳腔の上壁となります。
- 後面(後頭蓋窩面):
- 内耳道口(Internal acoustic meatus):第VII脳神経(顔面神経)と第VIII脳神経(前庭蝸牛神経)が通過する重要な開口部です。内耳道は約1cmの長さを持ち、その底部は篩状になっています。
- 下錐体洞溝(Groove for inferior petrosal sinus):後下縁に沿って走行します。
- S状静脈洞溝(Sigmoid sinus groove):深い溝を形成し、静脈洞血栓症の好発部位です。
- 下面(頭蓋底外面):
- 頸動脈管(Carotid canal):内頸動脈が通過する骨管で、前下方に開口します。
- 頸静脈窩(Jugular fossa):内頸静脈の起始部を収容する大きな陥凹です。
- 茎乳突孔(Stylomastoid foramen):顔面神経の頭蓋外への出口です。
- 乳突切痕(Mastoid notch):後腹筋の付着部です。
臨床的に重要な構造物
岩様部は、以下のような臨床的に極めて重要な構造物を内包しています (Prasad et al., 2018):
- 顔面神経管(Facial canal):
- 第VII脳神経(顔面神経)が通過する骨管で、内耳道底から始まり、膝神経節を経て、鼓室を横断し、茎乳突孔に至る複雑な走行を示します。
- ベル麻痺(Bell's palsy)、ラムゼイ・ハント症候群(Ramsay Hunt syndrome)などの末梢性顔面神経麻痺の病態理解に不可欠です。
- 顔面神経減荷術などの外科的治療の際、この管の解剖学的理解が必須となります。
- 内耳道(Internal acoustic meatus):
- 第VIII脳神経(前庭蝸牛神経)が通過し、蝸牛神経(聴覚)と前庭神経(平衡覚)の2つの機能的成分に分かれます。
- 聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)の好発部位であり、この腫瘍は内耳道から小脳橋角部に進展します。
- 突発性難聴、前庭神経炎などの疾患との関連が深い構造です。
- 蝸牛(Cochlea):
- 2.5回転の螺旋構造を持ち、長さ約35mmの骨性管腔内にコルチ器を含む膜迷路が存在します。
- 感音性難聴の主要な病変部位であり、加齢性難聴(老人性難聴)では特に基底回転部の有毛細胞が障害されます。
- 前庭器官(Vestibular apparatus):
- 3つの半規管(前半規管、後半規管、外側半規管)と2つの耳石器(卵形嚢、球形嚢)から構成されます。
- 良性発作性頭位めまい症(BPPV)、メニエール病などの平衡障害の病態に関与します。
- S状静脈洞溝(Sigmoid sinus groove):
- 横静脈洞から内頸静脈への移行部を含み、静脈洞血栓症の発生部位として臨床的に重要です。
- 中耳炎や乳様突起炎の合併症として静脈洞血栓症が生じることがあります。