アブミ骨 Stapes
アブミ骨は、中耳にある3つの耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)の最も内側に位置する骨で、ヒトの体内で最も小さな骨です(Merchant and Nadol, 2010)。全長約3mm、重さ約2〜3mgしかありません。名前は西洋の馬の鐙(あぶみ)に似ていることに由来します。
解剖学的構造
- 頭部(Caput stapedis):キヌタ骨の長脚の豆状突起(レンズ状突起)と小さな関節(キヌタ・アブミ関節)を形成しています(Anson and Donaldson, 1981)。
- 頸部(Collum stapedis):頭部と脚の間の狭い部分で、アブミ骨筋腱が付着します。
- 前脚(Crus anterius):直線的な形状をしているため直脚とも呼ばれ、頭部から底部へ伸びています。
- 後脚(Crus posterius):やや湾曲しているため弯脚とも呼ばれ、前脚よりも長く太いのが特徴です(Schuknecht, 1993)。
- 底部(Basis stapedis):楕円形または腎臓形の薄い骨板で、前庭窓(卵円窓)に輪状靭帯を介して固定されています。表面積は約3.2mm²です(Gulya et al., 2020)。
- アブミ骨間筋(Musculus stapedius):顔面神経から支配を受け、アブミ骨の頸部に付着して収縮時にアブミ骨を後方に引き、内耳への音伝達を制限します(Møller, 2000)。
発生学
アブミ骨は第二鰓弓のライヘルト軟骨から発生します(O'Rahilly and Müller, 2006)。底部の一部は耳包から形成されるという説もあります。胎生期に軟骨として形成され、出生時には既に骨化しています。
機能
アブミ骨は聴覚伝導系の最終段階として、キヌタ骨からの振動を受け取り、底部の振動を通じて内耳のリンパ液に伝達します(Pickles, 2012)。音のエネルギーを気導から液導へと変換する重要な役割を担っています。また、アブミ骨筋反射によって強大音から内耳を保護する機能も持っています(Geisler, 1998)。
臨床的意義
アブミ骨は以下のような疾患や臨床的状況で重要です:
- 耳硬化症:アブミ骨底部と前庭窓の間に異常な骨形成が生じ、アブミ骨の可動性が制限されて伝音難聴を引き起こします。治療にはアブミ骨手術(stapedectomy)やアブミ骨底板開窓術(stapedotomy)が行われます(Stankovic et al., 2019)。
- 先天性アブミ骨固着:先天的にアブミ骨が固着している状態で、小児期からの伝音難聴の原因となります(Cremers et al., 2007)。
- アブミ骨筋反射検査:鼓膜インピーダンス検査の一部として、顔面神経機能や聴覚経路の評価に用いられます(Gelfand, 2010)。
- 側頭骨骨折:横骨折では内耳や顔面神経とともにアブミ骨も損傷することがあります(Dahiya et al., 2016)。
- 中耳手術:慢性中耳炎や真珠腫の手術では、アブミ骨の保存と機能温存が重要な課題となります(Thomassin et al., 2008)。