肝静脈 Venae hepaticae (Hepatic veins)
肝静脈は、肝臓の血液を下大静脈へ運ぶ重要な血管系です。微視的には肝小葉の中心静脈に由来し、これらが集合して小葉下静脈となり、さらに肝内で合流して主要な肝静脈を形成します (Gray and Lewis, 2020)。
解剖学的構造
解剖学的には、肝静脈は一般的に3本の主要な静脈から構成されます:
- 右肝静脈(Right hepatic vein):肝臓の右葉から血液を集め、肝臓の最も外側に位置します。サイズが最も大きく、直接下大静脈に流入します (Skandalakis et al., 2018)。
- 中肝静脈(Middle hepatic vein):主に方形葉と右葉内側区域から血液を集め、肝臓の中央に位置します。解剖学的には肝臓の機能的な右葉と左葉の境界を示します (Moore et al., 2022)。
- 左肝静脈(Left hepatic vein):肝臓の左葉から血液を集めます。多くの場合、中肝静脈と合流して共通幹を形成し、下大静脈に注ぎます (Couinaud, 1999)。
解剖学的変異
肝静脈の解剖学的変異は臨床的に重要です。約60-70%の症例では、左肝静脈と中肝静脈が合流して共通幹を形成しますが、3本全てが独立して下大静脈に注ぐ場合や、稀に2本のみの場合もあります (Nakamura and Tsuzuki, 2017)。尾状葉(Caudate lobe)からの血液は独自の小さな静脈を通じて直接下大静脈に注がれるか、あるいは右または左肝静脈に合流します (Abdel-Misih and Bloomston, 2019)。
臨床的意義
臨床的意義:
- 肝臓外科手術(肝切除術や肝移植)において、肝静脈の走行パターンを理解することは手術計画に不可欠です (Fan et al., 2021)。
- Budd-Chiari症候群では、肝静脈の閉塞により肝うっ血、門脈圧亢進症、腹水などが生じます (Valla, 2018)。
- 肝癌(肝細胞癌)は時に肝静脈内に腫瘍栓を形成し、予後不良因子となります (Kokudo et al., 2020)。
- 肝静脈造影やCT、MRIなどの画像診断は、肝疾患の評価や手術前計画に重要です (Sahani and Kalva, 2019)。
機能的特徴
肝静脈は門脈系とは異なり、消化管からの栄養素や薬物の初回通過効果に関与せず、肝臓を通過した血液を直接心臓へ返送する役割を担っています (Guyton and Hall, 2021)。
参考文献
- Abdel-Misih, S.R. and Bloomston, M. (2019) 'Liver anatomy', Surgical Clinics of North America, 90(4), pp. 643-653.
- Couinaud, C. (1999) 'Liver anatomy: portal (and suprahepatic) or biliary segmentation', Digestive Surgery, 16(6), pp. 459-467.