大動脈 Aorta
大動脈は、体循環系の主要な部分を形成する単一の太い動脈です。直径約2.5-3.5cm、長さ約40cmあり、酸素化された血液を心臓から全身に運ぶ役割を担っています(Gray, 2020)。解剖学的に以下のように分類されます:
- 上行大動脈(Ascending aorta):約5cm長で心臓から上方に伸びる部分
- 大動脈弓(Aortic arch):弓状に左方向へカーブする部分
- 胸大動脈(Thoracic aorta):胸腔内を下行する部分
- 腹大動脈(Abdominal aorta):横隔膜貫通後、腹腔内を走行する部分
胸大動脈と腹大動脈は合わせて下行大動脈(Descending aorta)とも呼ばれます。大動脈壁は弾性組織に富み、心臓の拍出に対応して拡張・収縮する特性を持っています(Netter, 2018)。
大動脈の解剖学的および臨床的特徴
- 左心室の大動脈口から始まり、大動脈弁(半月弁)により心臓からの血液の逆流を防いでいます。弁の機能不全は大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症の原因となります(Moore et al., 2019)。
- 上行大動脈の起始部は大動脈球(大動脈洞)と呼ばれ、ここから左右冠状動脈が分岐して心筋に栄養を供給します。冠動脈疾患はこの部位の狭窄や閉塞により生じます。
- 大動脈弓からは腕頭動脈(右総頸動脈と右鎖骨下動脈に分かれる)、左総頚動脈、左鎖骨下動脈の三大分枝が出ています。これらは頭部、頸部、上肢への主要な血液供給路となります(Standring, 2021)。
- 胸大動脈からは気管支動脈、食道動脈、肋間動脈などが分岐し、腹大動脈からは腹腔動脈、上・下腸間膜動脈、腎動脈、性腺動脈などの重要な臓器枝が出ます。これらの分枝の閉塞は対応する臓器の虚血や梗塞を引き起こします。
- 大動脈は加齢とともに弾性が低下し、高血圧や動脈硬化により大動脈瘤や大動脈解離などの重篤な疾患を発症することがあります。特に大動脈解離はスタンフォードA型(上行大動脈を含む)とB型(下行大動脈のみ)に分類され、前者は緊急手術の適応となります(Criado, 2016)。
参考文献
- Circulation, 142(14), pp.e103-e152. — 大動脈弁疾患と大動脈疾患の関連性についての最新の研究成果を紹介している
- Criado, F.J. (2016) Journal of Vascular Surgery, 63(6), pp.1541-1553. — 大動脈解離の分類と治療アプローチについての最新の知見を提供している
- Gray, H. (2020) Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 42nd Edition. — 人体解剖学の標準的教科書であり、大動脈の詳細な解剖学的記述を提供している
- Journal of the American College of Cardiology, 68(21), pp.2335-2351. — 大動脈疾患の診断と治療のガイドラインを詳細に解説している
- Moore, K.L., Dalley, A.F. and Agur, A.M.R. (2019) Clinically Oriented Anatomy, 8th Edition. — 臨床的観点から大動脈の重要性と機能について詳述している
- Netter, F.H. (2018) Atlas of Human Anatomy, 7th Edition. — 精密な医学イラストで大動脈とその分枝の解剖学的関係を視覚的に理解できる