




肝鎌状間膜は、腹膜の半月形(新月状)のひだであり、横隔膜下面と前腹壁の内側から肝臓の横隔面と臓側面に伸展する二重の腹膜層です(Standring, 2020)。発生学的には、肝臓は胃の遠位側から前腸の下部に形成され、前(腹側)胃間膜内に位置します(Moore et al., 2018; Sadler, 2019)。このため、前(腹側)胃間膜は肝臓の腹側に位置する前肝間膜と、肝臓の背側に位置する後肝間膜に分かれます(Larsen, 2015)。
解剖学的には、前肝間膜は前腹壁と肝臓(特に肝臓の前面と下面)との間で肝鎌状間膜を形成します(Drake et al., 2020)。肝鎌状間膜は肝臓の横隔面と臓側面を左右の肝葉に分ける解剖学的な指標となります(Standring, 2020; Netter, 2019)。肝鎌状間膜の下縁は自由縁となっており、この遊離縁内には胎生期の臍静脈が通っています(Moore et al., 2018)。この静脈は出生後に閉鎖して線維性の索状構造である肝円索(ligamentum teres hepatis)となります(Snell, 2018)。肝円索は肝臓の下面にある肝円索窩(fossa for ligamentum teres)に収容されます(Standring, 2020)。
肝鎌状間膜の上縁は横隔膜の腹膜面に付着し、冠状間膜(ligamentum coronarium)の前葉に連続します(Drake et al., 2020)。この間膜は肝臓の発生過程において重要な役割を果たし、成人においても肝臓を腹壁に固定する支持構造として機能します(Sadler, 2019)。肝鎌状間膜の厚さは個人差があり、通常1〜3mmですが、脂肪組織の蓄積により厚くなることがあります(Federle et al., 2015)。
一方、後肝間膜は肝臓と胃・十二指腸との間に位置し、小網(lesser omentum)を形成します(Netter, 2019; Standring, 2020)。小網はさらに肝胃間膜(ligamentum hepatogastricum)と肝十二指腸間膜(ligamentum hepatoduodenale)に分けられます(Moore et al., 2018)。肝十二指腸間膜には門脈、固有肝動脈、総胆管という重要な構造物が含まれており、これらは肝門三管(portal triad)として知られています(Drake et al., 2020; Skandalakis et al., 2009)。
肝鎌状間膜と関連する他の腹膜構造には、左三角間膜(ligamentum triangulare sinistrum)と右三角間膜(ligamentum triangulare dextrum)があり、これらは肝臓の左右端を横隔膜に固定します(Standring, 2020)。これらの間膜は肝臓の可動性を制限し、外傷時の肝臓の保護に寄与します(Snell, 2018)。
臨床的意義として、肝鎌状間膜は腹部手術時の重要な指標となります。特に肝臓手術や胆道系手術において、肝鎌状間膜は肝臓の区域を同定する際の目印として使用されます(Skandalakis et al., 2009; Couinaud, 1999)。また、腹腔鏡下手術の際には肝鎌状間膜を介して腹壁を挙上することがあり、手術視野の確保に重要な役割を果たします(Katkhouda et al., 2012)。
さらに、急性腹症の診断においては、肝鎌状間膜に沿った炎症や液体貯留が特定の疾患(例:肝膿瘍、腹膜炎、消化管穿孔)を示唆することがあります(Meyers, 2015)。画像診断では、CTやMRIで肝鎌状間膜は肝臓を左右に分ける低吸収/低信号の構造物として認識できます(Federle et al., 2015; Prokop et al., 2020)。肝鎌状間膜の肥厚や造影増強は、腹膜炎や門脈圧亢進症などの病態を示唆する所見となります(Meyers, 2015)。
門脈圧亢進症の患者では、肝円索内に側副血行路が発達し、臍傍静脈(paraumbilical veins)が再開通することがあります(Standring, 2020; Sharma and Ahuja, 2012)。この現象は「メデューサの頭(caput medusae)」と呼ばれる特徴的な腹壁静脈怒張を引き起こすことがあります(Moore et al., 2018)。