



J0727 (男性の正中矢状断での腹膜の経過:赤色、やや模式的に示している)
肝胃間膜は、肝臓の下面(肝門付近)と胃の小弯を結ぶ二重の腹膜のひだである。小網(omentum minus)の一部を構成し、肝十二指腸間膜と連続している(Gray et al., 2020)。この間膜の内部には疎性結合組織が存在し、肝動脈、肝門脈、総胆管(肝十二指腸間膜内)、迷走神経肝枝、リンパ管などの重要な脈管・神経構造が走行している。
肝胃間膜は前方から腹腔に入ると腹膜前葉に覆われており、後方は網嚢(omental bursa、小網嚢)に面している(Standring, 2021)。肝胃間膜と肝十二指腸間膜の境界は明確ではなく、胃の小弯から十二指腸上部にかけての連続した膜状構造を形成している。
肝胃間膜は肝臓外科手術(肝切除術など)や胃手術(胃切除術など)の際に重要な解剖学的ランドマークとなる(Netter, 2022)。また、門脈圧亢進症の際には、この領域の側副血行路が発達し、食道静脈瘤の原因となることがある(Skandalakis et al., 2019)。腹腔鏡手術の際には、肝胃間膜の解剖を十分に理解することが安全な手術のために不可欠である。
肝胃間膜が位置する解剖学的領域は、東洋医学における肝経・胃経の経絡走行と密接に関連している。この領域の理解は、鍼灸治療や漢方医学における診断・治療において重要な意義を持つ。
肝胃間膜は、足厥陰肝経と足陽明胃経が交会する解剖学的領域に位置している(矢野, 2018)。肝経は期門(LR14)から章門(LR13)へと走行し、この経路は肝臓の下縁から肋弓に沿って分布する。一方、胃経は不容(ST19)、承満(ST20)などの腹部経穴を通過し、胃の小弯に近接した領域を走行する(世界保健機関西太平洋地域事務局, 2009)。
特に重要な経穴として、期門(LR14)は肝胃間膜の上縁に近い位置に存在し、肝気の疏泄機能と深く関連している(形井ら, 2017)。また、中脘(CV12)から上脘(CV13)にかけての任脈経穴も、肝胃間膜を介した肝と胃の機能的連携に関与すると考えられている。
肝胃間膜領域への鍼灸治療は、肝気鬱結や肝胃不和などの病態に対して有効性が報告されている(Chen et al., 2020)。肝気が鬱滞すると胃の降濁機能が障害され、胃脘部の脹満感、曖気、嘔吐などの症状が出現する。この場合、期門(LR14)、太衝(LR3)などの肝経の経穴と、中脘(CV12)、足三里(ST36)などの胃経の経穴を配穴することで、肝気の疏泄を促し胃の機能を調整する(吉元ら, 2019)。