喉頭腔 Cavitas laryngis

J0639 (頭頚部の正中矢状断:左側からの右半分の図)

J0743 (喉頭口と喉頭腔:上方からの図)

J0744 (喉頭の正中断、右半分:左方からの図)

J0745 (喉頭の前頭断、前半部:後方からの図)
喉頭腔の内面は粘膜(多列線毛円柱上皮)に覆われており、下部に存在する喉頭軟骨(甲状軟骨、輪状軟骨、披裂軟骨など)、靭帯(声帯靭帯、前庭靭帯など)、筋(内喉頭筋)の形態や走向に従って複雑なヒダや陥凹を形成します(Standring, 2020; Gray et al., 2021)。喉頭腔は喉頭口から気管への移行部まで約4~5cmの長さを持ち、その形態は呼吸相、発声相、嚥下相によって動的に変化します(Pearson et al., 2019)。
解剖学的区分
喉頭腔は解剖学的に以下の4つの部位に区分されます(Moore et al., 2018; Drake et al., 2020):
- 喉頭口(Aditus laryngis):喉頭腔の咽頭への開口部で、前部は喉頭蓋、側部は披裂喉頭蓋ヒダ(Plica aryepiglottica)、後部は披裂間切痕(Incisura interarytenoidea)によって囲まれた楕円形の開口部です(Netter, 2019)。喉頭口の前後径は約20mm、左右径は約30mmであり、嚥下時には喉頭蓋が後下方に傾斜して喉頭口を閉鎖します(Matsuo and Palmer, 2008)。
- 喉頭前庭(Vestibulum laryngis):喉頭口から前庭ヒダ(仮声帯、Plica vestibularis)までの空間で、前壁は喉頭蓋喉頭面と前連合、側壁は披裂喉頭蓋ヒダと前庭ヒダ、後壁は披裂間部によって形成されます(Standring, 2020)。前庭部の粘膜下組織は疎性結合組織に富み、炎症時には浮腫を生じやすい構造となっています(Bailey et al., 2014)。
- 喉頭室(Ventriculus laryngis):前庭ヒダ(室帯)と声帯ヒダ(声帯、Plica vocalis)の間の側方への突出した空間で、盲端は喉頭小嚢(Sacculus laryngis)として甲状軟骨内面まで伸びています(Netter, 2019)。喉頭小嚢には約60~70個の粘液腺が開口し、声帯の潤滑に重要な役割を果たします(Hirano and Kakita, 1985)。喉頭室の前後径は約5~8mmです(Reidenbach, 1998)。
- 声門下腔(Cavitas infraglottica):声帯ヒダの下から気管上端(第6頸椎レベル)までの漏斗状の空間で、弾性円錐(Conus elasticus)と輪状軟骨によって囲まれています(Drake et al., 2020)。声門下腔は成人で最狭部の内径が約6~7mmであり、小児ではさらに狭く、浮腫による気道狭窄のリスクが高い部位です(Holinger, 1980)。粘膜下層は疎性結合組織に富み、炎症時の浮腫好発部位となります(Froehlich and Hoffer, 2009)。
臨床的意義
- 喉頭蓋炎:喉頭蓋の細菌感染(主にインフルエンザ菌b型、Haemophilus influenzae type b)により急速な腫脹が生じると、喉頭口が閉塞し呼吸困難を引き起こす緊急疾患となります(Sataloff, 2017; Shah and Roberson, 2012)→特に小児では気道確保が緊急に必要となることがあります。診断にはlateral neck X-rayでthumb sign(母指様陰影)を確認します(Mayo-Smith et al., 2011)。
- 喉頭癌:声帯ヒダを中心とする声門癌が最多(約60~65%)で、初期には嗄声として現れますが、進行すると喉頭腔の狭窄や周囲組織への浸潤を引き起こします(Marur and Forastiere, 2016)→声門上癌は約30~35%、声門下癌は約5%を占めます。声門癌はリンパ節転移が少なく予後が比較的良好です(Silver et al., 2009)。TNM分類に基づいて病期分類が行われ、早期癌では放射線治療や喉頭温存手術が選択されます(Forastiere et al., 2013)。
- 声帯麻痺:反回神経麻痺により声帯ヒダの可動性が損なわれ、声門閉鎖不全や呼吸困難の原因となります(Rubin et al., 2014)→片側麻痺では嗄声や誤嚥が、両側麻痺では重度の呼吸困難が生じます。原因として甲状腺手術、食道癌、肺癌、大動脈瘤などがあります(Rosenthal et al., 2007)。診断には喉頭内視鏡検査が必須であり、治療には音声治療、声帯内注入術、披裂軟骨内転術などがあります(Woodson, 2008)。
- 喉頭浮腫:アレルギー反応(アナフィラキシー)や外傷、熱傷、放射線治療により喉頭粘膜に浮腫が生じると、特に声門下腔の狭窄により重篤な呼吸困難を招きます(Ishoo et al., 2001)→声門下腔は輪状軟骨に囲まれた非拡張性の構造であるため、わずかな浮腫でも気道狭窄が顕著となります。治療にはアドレナリン吸入、ステロイド投与、必要に応じて気管挿管や気管切開を行います(Campbell et al., 2014)。
- 披裂軟骨脱臼:外傷や気管挿管後に披裂軟骨が輪状披裂関節から脱臼し、声帯運動の異常を引き起こし、嗄声や嚥下障害の原因となります(Rubin et al., 2005)→診断には喉頭内視鏡とCTが有用で、早期に整復術を行うことで機能回復が期待できます(Norris and Schweinfurth, 2011)。
- クループ(喉頭気管気管支炎):主にパラインフルエンザウイルスによる小児の声門下腔の炎症で、犬吠様咳嗽、吸気性喘鳴、嗄声を特徴とします(Bjornson and Johnson, 2013)→声門下腔の浮腫により気道狭窄が生じます。治療にはデキサメタゾンやエピネフリン吸入が用いられます(Russell et al., 2011)。
比較解剖学
サルでは喉頭小嚢が著しく発達し、響嚢(air sac)として頸部や胸部に膨出します。これは共鳴器官として発声を増強する役割を果たしますが、ヒトでは退化しています(Fitch, 2000; Negus, 1949)→特にオランウータンやゴリラでは大きな喉頭嚢が発達し、loud callの生成に寄与します(Hewitt et al., 2002)。ヒトでは言語発達に伴い喉頭の位置が低下し、咽頭腔が拡大したことで多様な音声生成が可能となりました(Lieberman, 2006)。
喉頭腔の機能
喉頭腔は、気道保護、呼吸、および発声という3つの主要な機能を担っています(Titze and Alipour, 2006; Ludlow, 2005)。
- 気道保護:嚥下時には喉頭蓋が喉頭口を閉鎖し、声帯ヒダと前庭ヒダが内転することで三重の防御機構を形成し、食物や液体の気道への侵入を防ぎます(Matsuo and Palmer, 2008)。
- 呼吸:安静呼吸時には声帯ヒダが外転し、声門(Rima glottidis)が開大することで空気の通過を可能にします。成人の声門の最大開大時の面積は約150~200mm²です(Baer, 1975)。
- 発声:呼気時に声帯ヒダが内転・緊張し、その間を通過する気流により声帯が振動することで音声が生成されます(Titze, 1994)→基本周波数は男性で約100~150Hz、女性で約200~250Hzです(Hollien and Shipp, 1972)。声帯の組織学的構造は5層(上皮、浅層固有層、中間層固有層、深層固有層、声帯筋)からなり、この層構造が滑らかな粘膜波動を可能にします(Hirano, 1974)。