輪筋層(直腸の)Stratum circulare tunicae muscularis recti

J705.png

J0705 (直腸:前から見て開かれている図)

J707.png

J0707 (直腸肛門部の断面)

解剖学的構造

直腸の輪筋層は消化管壁の筋層(tunica muscularis)を構成する内側の筋層で、輪走方向に配列する平滑筋繊維からなります(Standring, 2020)。この筋層は直腸内腔を取り囲むように円周状に配置され、その収縮によって直腸内腔の狭小化と内容物の移動・排出を制御します(Moore et al., 2018)。筋層の厚さは直腸の部位によって異なり、特に肛門管に近づくにつれて肥厚する傾向があります(Drake et al., 2020)。平滑筋細胞は密に配列し、細胞間にはギャップ結合が存在することで電気的興奮が伝播し、協調的な収縮が可能となります(Tortora and Derrickson, 2017)。

壁層構造

解剖学的には、直腸壁は内側から粘膜層(tunica mucosa)、粘膜下層(tela submucosa)、筋層(tunica muscularis)、漿膜下層(tela subserosa)、漿膜(tunica serosa)または外膜(tunica adventitia)の順に構成されています(Moore et al., 2018; Netter, 2019)。筋層はさらに内側の輪筋層と外側の縦筋層(stratum longitudinale)に分けられます。輪筋層と縦筋層の間には筋層間神経叢(plexus myentericus, Auerbach神経叢)が存在し、消化管運動の自律的調節に重要な役割を果たします(Standring, 2020)。直腸上部では漿膜に覆われますが、直腸中部・下部では外膜となり、周囲組織と直接連続します(Drake et al., 2020)。

形態学的特徴

直腸の輪筋層の特徴として、結腸部で見られる半月ヒダ(plicae semilunares)は形成されません(Netter, 2019)。これは直腸が便の貯留器官としての役割を持ち、内容物の通過よりも一時的な貯留機能が重視されるためです(Tortora and Derrickson, 2017)。また、結腸の縦筋層が3本の結腸ヒモ(taeniae coli)として配列するのに対し、直腸では縦筋層が管全周を均一に覆う点も形態学的相違として重要です(Moore et al., 2018)。輪筋層は遠位に向かうほど肥厚し、内肛門括約筋として連続的に移行します(Drake et al., 2020)。

神経支配と生理学的機能

直腸の輪筋層は自律神経系によって支配されます。副交感神経は骨盤内臓神経(nn. splanchnici pelvici, S2-S4由来)を介して輪筋層の収縮を促進し、交感神経は下腸間膜神経叢および下下腹神経叢を介して弛緩を促します(Standring, 2020; Kumar and Mittal, 2022)。また、壁内神経叢による局所的な反射調節も重要であり、これにより直腸内容物の充満に応じた適応的な収縮・弛緩が可能となります(Furness, 2012)。排便時には、輪筋層の協調的弛緩と腹圧上昇、外肛門括約筋の随意的弛緩が組み合わさることで、内容物の排出が円滑に行われます(Rao and Patcharatrakul, 2016)。

臨床的意義

直腸の輪筋層は排便機能において重要な役割を果たします。特に内肛門括約筋(m. sphincter ani internus)は直腸輪筋層の肥厚部として連続しており、便意の感知や便失禁の防止に関与します(Kumar and Mittal, 2022; Rao and Patcharatrakul, 2016)。内肛門括約筋は持続的な緊張状態を維持し、安静時肛門管圧の約70-80%を担っており、その機能不全は便失禁の主要な原因となります(Bharucha et al., 2015)。

また、直腸癌の壁深達度診断(T因子)において、輪筋層への浸潤は予後に影響する重要な指標となります(Lange and Giralt, 2017; Glynne-Jones et al., 2017)。TNM分類では、腫瘍が筋層に浸潤した場合T2と分類され、それ以深の浸潤(T3, T4)と比較して予後が良好であることが知られています(Brierley et al., 2017)。MRIや経直腸超音波検査による術前の正確な深達度評価は、治療方針決定において極めて重要です(Beets-Tan et al., 2018)。

神経因性膀胱や便秘などの機能性疾患でも、この輪筋層の協調運動障害が病態に関与することがあります(Rao and Patcharatrakul, 2016)。特に慢性便秘症では、直腸輪筋層の収縮異常や感覚閾値の上昇が認められることがあり、バイオフィードバック療法などの治療対象となります(Bharucha et al., 2013)。また、Hirschsprung病では神経節細胞の欠如により輪筋層の適切な弛緩が障害され、機能的腸閉塞を来します(Moore and Rutter, 2016)。

参考文献