
J0692 (十二指腸と膵臓、および腹膜の覆い:前方からの図)


十二指腸の上行部(pars ascendens duodeni)は、水平部(下部水平部)から連続し、左上方に向かって約5cmの長さで上行する部分です(Gray and Standring, 2016; Sinnatamby, 2011)。この部分は後腹膜に固定された後腹膜器官であり、腹膜による被覆は前面のみに限られています(Moore et al., 2018)。
解剖学的位置関係として、上行部の前方(腹側)には腹膜と膵頭部の下縁が位置し、後方(背側)には下大静脈、大動脈、左腎静脈が接しています(Drake et al., 2019; Netter, 2018)。上行部は膵頭部の左内側に沿って上行し、第2腰椎の高さで急激に前方かつ左方へ屈曲して十二指腸空腸曲(flexura duodenojejunalis)を形成し、可動性のある空腸へと移行します(Sinnatamby, 2011; Moore et al., 2018)。
この十二指腸空腸曲は、Treitz靭帯(suspensory ligament of the duodenum, suspensory muscle of duodenum)によって横隔膜の右脚に固定されており、この靭帯には平滑筋線維が含まれています(Standring, 2016; Moore et al., 2018)。この構造は十二指腸の解剖学的位置を維持し、消化管の正常な走行を保つ上で重要な役割を果たしています(Gray and Standring, 2016)。
上行部は、胆管(総胆管)および膵管(主膵管)が開口する下行部(pars descendens)とは異なる臨床的特徴を持ちます。Treitz靭帯による固定のため、十二指腸空腸曲は消化管の重要な解剖学的指標となり、上部消化管出血の際の出血源の位置判断や、外科手術における腸管の同定に用いられます(Moore et al., 2018; Drake et al., 2019)。
上部消化管内視鏡検査においては、十二指腸空腸曲の通過に技術を要することがあり、特に鋭角に屈曲している症例では内視鏡の進入が困難となる場合があります(Yamada et al., 2016)。また、上腸間膜動脈症候群(superior mesenteric artery syndrome: SMA syndrome)では、上腸間膜動脈と大動脈の間の狭小化により、十二指腸の水平部から上行部にかけて外部からの圧迫が生じ、消化管通過障害を引き起こすことがあります(Welsch et al., 2020; Merrett et al., 2009)。この病態は、急激な体重減少や脊柱側弯症などで上腸間膜動脈と大動脈の間の脂肪組織が減少した際に発症しやすくなります(Strong, 2007)。
外傷や手術の際には、上行部の後腹膜固定という特徴から、腹腔内の他の可動性臓器に比べて損傷を受けやすく、また修復が困難となる場合があります(Moore et al., 2018)。
上行部への動脈血供給は、主に上腸間膜動脈(superior mesenteric artery)から分岐する下膵十二指腸動脈(inferior pancreaticoduodenal artery)と、その前枝および後枝によって行われます(Drake et al., 2019; Netter, 2018)。これらの動脈は、腹腔動脈系からの上膵十二指腸動脈との間で吻合を形成し、豊富な血管網を構成しています(Gray and Standring, 2016)。
静脈還流は上腸間膜静脈(superior mesenteric vein)を経て門脈系へ流入します(Moore et al., 2018)。リンパ排液は膵十二指腸リンパ節および上腸間膜リンパ節を経由して腹腔リンパ節へと至ります(Standring, 2016)。
神経支配は、交感神経系では上腸間膜神経叢(superior mesenteric plexus)からの線維を受け、副交感神経系では迷走神経(vagus nerve)の枝による支配を受けています(Netter, 2018; Drake et al., 2019)。交感神経は血管収縮と蠕動運動の抑制に、副交感神経は蠕動運動の促進と分泌の増加に関与しています(Moore et al., 2018)。