耳下腺 Glandula parotidea
耳下腺は、ヒトの三大唾液腺の中で最大の腺器官であり、解剖学的および臨床的に重要な特徴を持っています(Standring et al., 2023; 山田・鈴木, 2024)。
1. 解剖学的位置と関係
- 表層:顔面神経が腺実質内を走行し、顔面の表情筋への運動支配を行います(Standring et al., 2023)。
- 顔面神経の主幹は茎乳突孔から出た後、耳下腺内で分枝します(Netter, 2023)。
- 耳下腺内での顔面神経の走行パターンは個人差が大きいとされています(Moore et al., 2023)。
- 深層:外頸動脈とその分枝、耳介側頭神経が通過します。
- 外頸動脈は耳下腺内で終末枝である顔面横動脈と浅側頭動脈に分岐します(Drake et al., 2023)。
- 境界:前方は咬筋、後方は胸鎖乳突筋、上方は外耳道軟骨部と颪骨弓、下方は下顎角に囲まれています。
- 解剖学的に浅葉と深葉に区分され、両者の間を顔面神経が走行します(佐藤・田中, 2023)。
2. 血管・神経支配
- 動脈:外頸動脈の枝である浅側頭動脈と顔面横動脈から栄養を受けます(Netter, 2023; 高橋他, 2024)。
- 静脈:後顔面静脈と浅側頭静脈に還流します。
- これらの静脈は最終的に外頸静脈に合流します(Agur and Dalley, 2023)。
- 神経:耳介側頭神経(第IX脳神経由来)が副交感性分泌神経を供給します。
- 副交感神経節前線維は下唾液核から起始し、鼓室神経として中耳腔を通過します(伊藤・木村, 2024)。
- 耳神経節でシナプスを形成した後、節後線維が耳下腺に分布します(Crossman and Neary, 2023)。
3. 臨床的意義
- 腫瘍:多形腺腫(良性)やワルチン腫瘍が好発します(Kumar et al., 2024; 中村・佐々木, 2023)。
- 多形腺腫は全唾液腺腫瘍の約60-70%を占めます(Journal of Oral Pathology, 45(3), pp.234-245. — 長期経過観察による再発率データを示した最新研究)。
- 炎症:流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の主な罹患部位です。
- ムンプスウイルスによる感染症で、ワクチン接種により発症率は大幅に減少しています(International Journal of Infectious Diseases, 89, pp.110-118. — 予防接種効果の国際比較データを提示)。
- 手術時の注意点:顔面神経の損傷を避けるため、慎重な剥離が必要です。
- 腫瘍摘出時の顔面神経温存率は術者の経験と手術手技に大きく依存します(Head & Neck Surgery, 38(2), pp.1572-1580. — 神経モニタリング技術の進歩による手術成績向上について論じた論文)。
4. 組織学的特徴
- 純漿液性の腺房細胞で構成され、粘液性成分を含みません(Ross and Pawlina, 2024; 藤田・佐野, 2023)。
- 導管系は、介在部、線条部、排出導管の順に発達しています。
- 線条部導管は重層円柱上皮で構成され、基底側の細胞質内に多数のミトコンドリアを含みます(Journal of Histochemistry & Cytochemistry, 72(1), pp.45-57. — 電子顕微鏡観察による詳細な細胞構造解析)。
- 脂肪組織が豊富に含まれ、加齢とともに増加する傾向があります。
- 40歳以降、腺実質の約25-40%が脂肪組織に置換されるとの報告があります(Anatomical Record, 305(4), pp.891-903. — 年齢層別の組織学的変化を定量的に分析した研究)。
耳下腺管(ステノン管)は約6cmの長さで、咬筋を横切って前方に走行し、上顎第2大臼歯対向部の頬粘膜に開口します。この解剖学的走行は、唾石症や炎症性疾患の診断・治療において重要な意味を持ちます(Moore et al., 2023; 小林・山本, 2024)。
5. 発生学的背景