



精巣挙筋は男性生殖器系に関連する横紋筋で、精索を取り囲み精巣の位置調節に重要な役割を果たします(Standring, 2020)。以下に解剖学的構造と臨床的意義について詳述します。
起始・停止・走行
精巣挙筋は内腹斜筋(musculus obliquus internus abdominis)と腹横筋(musculus transversus abdominis)の下縁から起始します(Moore et al., 2018)。鼡径靭帯(ligamentum inguinale)の内側部および中央部の下端から筋線維が分離し、精索(spermatic cord)に沿って下行します(Standring, 2020)。これらの筋線維は精索を包帯状に取り囲みながら精巣(testis)と精巣上体(epididymis)を覆う筋膜層である精巣挙筋筋膜(fascia cremasterica)を形成します(Drake et al., 2020)。最終的に精巣近傍で恥骨結節(tuberculum pubicum)および恥骨稜(crista pubica)に停止します(Netter, 2019)。
筋層構造
精巣挙筋は鼡径管(canalis inguinalis)の中筋膜層を構成し、内精筋膜(fascia spermatica interna)と外精筋膜(fascia spermatica externa)の間に位置します(Standring, 2020)。筋線維束は螺旋状に精索を取り囲み、精巣鞘膜(tunica vaginalis testis)の外側に精巣挙筋筋膜として連続します(Drake et al., 2020)。この層状構造は精索および精巣の保護と可動性の確保に寄与します(Moore et al., 2018)。
神経支配
精巣挙筋は陰部大腿神経(nervus genitofemoralis)の陰部枝(ramus genitalis)により支配されます(Snell, 2019)。この神経は腰神経叢(plexus lumbalis)のL1-L2神経根に由来し、鼡径管を通過して精巣挙筋に分布します(Moore et al., 2018)。神経支配の理解は精巣挙筋反射の評価および鼡径部手術における神経損傷の回避に重要です(Standring, 2020)。
血液供給
精巣挙筋への主要な動脈血供給は下腹壁動脈(arteria epigastrica inferior)から分岐する精巣挙筋動脈(arteria cremasterica)によります(Drake et al., 2020)。この動脈は精索とともに鼡径管を下行し、精巣挙筋および精索構造に血液を供給します(Standring, 2020)。静脈還流は同名の静脈(vena cremasterica)を経て下腹壁静脈系(systema venae epigastricae inferiores)に注ぎます(Moore et al., 2018)。血管系の理解は鼡径ヘルニア修復術や精索静脈瘤手術における血管損傷の予防に不可欠です(Netter, 2019)。
機能
精巣挙筋の主要な機能は精巣の位置調節です(Drake et al., 2020)。収縮時には陰嚢(scrotum)内の精巣を上方に引き上げ、体幹に近づけることで精巣温度の調節に寄与します(Moore et al., 2018)。この作用は精子形成(spermatogenesis)の至適温度維持に重要です(Standring, 2020)。精子形成は体温より2-3℃低い温度で最適に進行するため、環境温度に応じた精巣の位置調節は生殖能力の維持に必須です(Drake et al., 2020)。寒冷刺激や触覚刺激に対する反射的収縮は、精巣を保護する生理的メカニズムとして機能します(Snell, 2019)。
精巣挙筋は男性に特有の構造ですが、女性においても発生学的相同構造が認められます(Standring, 2020)。女性では子宮円索(ligamentum teres uteri)に沿って少数の筋線維が浅鼡径輪(anulus inguinalis superficialis)まで伸展することがあり、これは精巣挙筋の痕跡的構造と考えられています(Moore et al., 2018)。しかし、この構造は機能的に著しく退化しており、臨床的意義はほとんどありません(Drake et al., 2020)。この性差は胎生期における性腺下降の有無に起因します(Standring, 2020)。
精巣挙筋反射(Cremasteric reflex)
大腿内側上部の皮膚を頭側から尾側に向けて軽く擦過すると、同側の精巣が反射的に挙上される現象が精巣挙筋反射です(Snell, 2019)。この反射の求心路は腸腰下腹神経(nervus ilioinguinalis)および陰部大腿神経の大腿枝(ramus femoralis nervi genitofemoralis)、反射中枢は腰髄L1-L2レベル、遠心路は陰部大腿神経の陰部枝です(Moore et al., 2018)。この反射は上位および下位運動ニューロンの機能評価に有用であり、特に小児において精巣捻転症(torsio testis)の鑑別診断に重要です(Drake et al., 2020)。精巣捻転症では精巣挙筋反射が消失または減弱することが知られており、感度は約99%、特異度は約66%と報告されています(Snell, 2019; Standring, 2020)。
鼡径ヘルニア(Hernia inguinalis)