口角下制筋 Musculus depressor anguli oris
口角下制筋は、表情筋群の中でも重要な筋であり、口角を下方および外側に引き下げる主要な作用を持ちます。解剖学的構造と臨床的意義について、以下に詳述します。

J0064 (下顎の右半分、筋の起こる所と着く所:外側からの図)

J0077 (頭蓋骨、筋の起こる所と着く所:右方からの図)

J0079 (頭蓋骨、筋の起こる所と着く所を示す:前面からの図)

J0405 (頭部の浅層筋:少し右側からの図)

J0409 (口領域の深層筋、少し右方からの図)

J0410 (口周りの筋:背面からの図)

J0416 (右側の広頚筋:腹方からの図)
1. 解剖学的特徴
起始と停止
- 起始(Origin): 下顎骨体部の下縁、特にオトガイ結節の外側部から起こります。起始部は比較的広い面積を占め、下顎骨の前外側面に沿って分布しています。この広い起始部により、筋は効率的に力を発揮することができます(Standring, 2020; Moore et al., 2018)。
- 停止(Insertion): 筋線維は上方および内側に向かって走行し、口角部で収束します。停止部では口輪筋、上唇挙筋、笑筋などの他の表情筋と複雑に交錯し、モディオラス(modiolus)と呼ばれる線維性結節を形成します。この結節は複数の表情筋が集まる重要な解剖学的構造です(Moore et al., 2018; Netter, 2019)。
神経支配
- 支配神経: 顔面神経(第VII脳神経)の下顎縁枝(marginal mandibular branch)によって支配されます。この神経枝は耳下腺を出た後、頬骨弓の下方を通過し、顔面動脈の下を横切りながら前方へ走行し、口角下制筋および下唇下制筋に分布します(Netter, 2019)。
- 臨床的重要性: 下顎縁枝は下顎骨の下縁より上方を走行する部分があり、下顎骨の外科的手術や外傷の際に損傷を受けやすい神経です。神経損傷により口角を下方に引き下げることができなくなり、非対称性が生じます(Pogrel et al., 2022)。
血液供給
- 動脈供給: 主に顔面動脈(facial artery)および顔面横動脈(transverse facial artery)からの分枝によって栄養されます。顔面動脈は下顎骨の前縁を越えて顔面に入り、その上行枝が口角下制筋に分布します(Drake et al., 2020)。
- 静脈還流: 顔面静脈を通じて内頸静脈系へ還流します。表層の静脈叢と深層の静脈叢が筋内に発達しており、豊富な血液供給を受けています(Drake et al., 2020)。
2. 微細構造と位置関係
筋の形態
- 筋線維の配列: 下顎骨から起こった筋線維は扇状に広がりながら上方へ走行し、口角で収束します。この扇状構造(fan-shaped architecture)は、筋の収縮時に効率的に口角を下方へ引き下げることを可能にしています(Schünke et al., 2018)。
- 筋の厚さと大きさ: 口角下制筋は比較的薄い筋で、厚さは通常2-4mm程度です。筋の長さは個体差がありますが、平均して30-40mm程度です(Choi et al., 2020)。
周囲構造との関係
- 口輪筋(orbicularis oris): 口角部で口輪筋と密接に交錯します。両筋の協調作用により、口唇の複雑な動きと多様な表情が可能となります(Goodmurphy and Ovalle, 2019)。
- 笑筋(risorius): 笑筋と並行して走行し、口角部で交差します。笑筋が口角を外側に引くのに対し、口角下制筋は下方に引き下げるため、両筋の相対的な活動により口角の位置が決定されます(Schünke et al., 2018)。