背側手根間靱帯 Ligamenta intercarpalia dorsalia

J0321 (右手の関節:手根を回外位とし、手の甲からの図)

J0487 (右手の背側骨間筋)
背側手根間靱帯は、手関節背側の手根骨間を連結する靱帯群の総称であり、手関節の安定性維持において重要な役割を果たす構造です。以下に解剖学的構造と臨床的意義について詳述します。
解剖学的構造
- 位置と基本構造:
a) 手関節包の背側部深層に位置し、手根骨の背側面を連結する (Berger, 1997)
b) 近位手根列と遠位手根列の骨間、および各列内の骨間を結ぶ短い線維束から構成される(Taleisnik, 1985; Berger, 1997)
c) 掌側手根間靱帯と比較して全体的に細く、靱帯の強度も相対的に弱い (Taleisnik, 1985)
d) 深層に位置するため、体表からの直接的な触診は困難である(Berger, 1997)
- 詳細な線維構成と走行:
a) 舟状−菱形靱帯(scapho-trapezial ligament):舟状骨背側面から大菱形骨および小菱形骨へ向かう線維束(Taleisnik, 1985; Berger, 1997)
b) 背側手根弓状靱帯(dorsal carpal arch ligament, JNA):舟状骨から有頭骨背側を横断し、三角骨まで達する最も長い線維束で、手関節背側の主要な安定化機構を形成する (Garcia-Elias et al., 1989)
c) 月状−有頭靱帯(lunato-capitate ligament):月状骨から有頭骨への線維束(Taleisnik, 1985; Berger, 1997)
d) 月状−有鉤靱帯(lunato-hamate ligament):月状骨から有鉤骨への線維束(Taleisnik, 1985; Berger, 1997)
e) 三角−有鉤靱帯(triquetro-hamate ligament):三角骨から有鉤骨への線維束(Taleisnik, 1985; Berger, 1997)
f) これらの線維束は主に横方向に走行し、手根骨列の横アーチ構造の維持に寄与する(Moritomo et al., 2000)
- 組織学的特徴:
a) 主に密な規則的(平行)な膠原線維(主にI型コラーゲン)から構成される (Benjamin and Ralphs, 1998)
b) 線維芽細胞が膠原線維間に散在し、靱帯の維持と修復に関与する(Benjamin and Ralphs, 1998)
c) 血管分布は比較的乏しく、栄養供給の多くは周囲の滑液膜からの拡散に依存する(Benjamin and Ralphs, 1998)
d) 固有受容器(Ruffini終末、Pacini小体など)を含む神経終末が分布し、関節の位置覚と運動覚に寄与する (Hagert et al., 2007)
e) 靱帯付着部では線維軟骨性移行部を形成し、応力集中を緩和する構造を有する(Benjamin and Ralphs, 1998)
- 血管分布と神経支配:
a) 背側手根動脈網からの小枝により栄養される(Berger, 1997)
b) 後骨間神経の枝が主な感覚神経支配を担う(Hagert et al., 2007)
c) 固有受容感覚情報を中枢神経系に伝達し、手関節の運動制御に関与する(Hagert et al., 2007; Moritomo et al., 2000)
機能的役割
- 手関節の安定化機構:
a) 手関節背側の静的安定性を確保し、過度の掌屈運動を制限する (Moritomo et al., 2000)
b) 手根骨間の生理的な位置関係を維持し、手根骨列の協調的な動きを可能にする(Moritomo et al., 2000)
c) 背側手根弓状靱帯は特に回内・回外運動時の手根骨の安定性維持に重要な役割を果たす(Moritomo et al., 2000; Garcia-Elias et al., 1989)
d) 手根骨の生理的な動き(近位列の屈伸運動、遠位列の安定性)を誘導する(Moritomo et al., 2000)
- 力学的機能:
a) 荷重伝達時の応力分散:手関節に加わる機械的ストレスを手根骨全体に分散させる(Moritomo et al., 2000)
b) 掌側手根間靱帯と協調して手根骨の三次元的な安定性を提供する(Moritomo et al., 2000; Taleisnik, 1985)
c) 手指の把持動作時における手関節の剛性を高める(Moritomo et al., 2000)
d) 衝撃吸収機能:手をついた際などの衝撃負荷を吸収・分散する(Moritomo et al., 2000)
臨床的意義
- 外傷との関連:
a) 手関節捻挫時の損傷:転倒時に手をついた際の過度の掌屈により背側手根間靱帯が伸展または部分断裂する可能性がある (Watson and Ballet, 1984)
b) 背側手根不安定症:背側手根間靱帯の機能不全により手根骨の異常な動きが生じ、疼痛や握力低下を引き起こす(Viegas et al., 1993; Moritomo et al., 2000)
c) 舟状骨骨折との関連:舟状骨骨折後の不適切な治癒により背側手根間靱帯の緊張が変化し、手根不安定性が生じる可能性がある(Geissler et al., 1996)
d) Perilunate脱臼:高エネルギー外傷により月状骨周囲の靱帯群(背側手根間靱帯を含む)が損傷される(Garcia-Elias et al., 1989; Viegas et al., 1993)
- 変性疾患との関連:
a) 手根部変形性関節症:背側手根間靱帯の変性や機能不全が手根部の変形性関節症の進行に影響を与える(Watson and Ballet, 1984)
b) SLAC wrist(舟状月状骨進行性崩壊):舟状月状骨間の不安定性に続発して、背側手根間靱帯の変性と手根配列の異常が進行する (Watson and Ballet, 1984)
c) 関節リウマチ:炎症性変化により背側手根間靱帯の脆弱化が生じ、手根骨の脱臼や亜脱臼のリスクが高まる(Moritomo et al., 2000)
- 診断と評価:
a) 関節鏡検査:背側手根間靱帯の損傷や変性を直接観察できる最も有効な診断方法である (Geissler et al., 1996)
b) MRI検査:非侵襲的に靱帯の連続性、信号変化、周囲組織の浮腫を評価できる(Geissler et al., 1996)
c) 手関節造影検査:造影剤の漏出により靱帯損傷を間接的に評価する(Geissler et al., 1996)
d) 動的X線検査:手関節のストレス撮影により靱帯損傷に伴う手根骨の異常な動きを検出する(Moritomo et al., 2000)
e) 超音波検査:リアルタイムでの動的評価が可能であるが、深部に位置するため評価には限界がある(Berger, 1997)
- 治療への応用:
a) 保存的治療:急性損傷時の固定療法、慢性不安定性に対する装具療法(Geissler et al., 1996)
b) 手根骨切除術後:舟状骨や月状骨の切除術後、残存する背側手根間靱帯が手根部の安定性維持に寄与する(Moritomo et al., 2000)
c) 靱帯再建術:重度の手根不安定症に対して、背側手根弓状靱帯の解剖学的走行を考慮した再建術が行われる(Garcia-Elias et al., 1989)
d) 関節固定術:保存的治療や靱帯再建術が奏功しない場合、手根骨間固定術が選択される(Moritomo et al., 2000)
e) 関節鏡視下手術:靱帯の部分損傷に対するデブリードマンや熱凝固による引き締め術(Geissler et al., 1996)
- リハビリテーションとの関連:
a) 固有受容感覚訓練:背側手根間靱帯に分布する固有受容器の機能回復を目的とした訓練(Hagert et al., 2007)
b) 段階的な可動域訓練:靱帯損傷後の過度な伸張を避けながら、適切な機械的刺激を与える(Moritomo et al., 2000)
c) 筋力強化:手関節周囲筋の強化により、靱帯への負担を軽減する動的安定化を図る(Moritomo et al., 2000)
背側手根間靱帯系は掌側手根間靱帯と比較して全体的に細く、個々の線維束の強度も相対的に弱いという構造的特徴を有していますが、手関節の三次元的な安定性において不可欠な役割を果たしています(Taleisnik, 1985; Moritomo et al., 2000)。特に背側手根弓状靱帯は手根骨列を横断する最も長い線維束であり、回内・回外運動時の手根骨の安定性維持に重要な役割を担っています(Garcia-Elias et al., 1989; Moritomo et al., 2000)。臨床的には、手関節の外傷や変性疾患の病態理解と治療方針の決定において、背側手根間靱帯の解剖学的・機能的特徴を理解することが重要です(Watson and Ballet, 1984; Geissler et al., 1996)。
参考文献
- Berger, R.A. (1997) 'The anatomy of the ligaments of the wrist and distal radioulnar joints', Clinical Orthopaedics and Related Research, 383, pp. 32-40. ― 手関節と遠位橈尺関節の靱帯構造について、詳細な解剖学的記載と機能的解釈を提供した古典的かつ包括的な研究。手関節靱帯の理解における基礎文献。