顎関節 Articulatio temporomandibularis

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J0284 (右側の顎関節:外側からの図)

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J0285 (右側の顎関節:外側からの図)

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J0286 (右側の顎関節:内側方からの図)

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J0287 (右の顎関節:外側から見てやや模式的な図)

解剖学的構造

顎関節は、下顎骨の下顎頭(関節突起の上端)と側頭骨の下顎窩および関節結節との間に形成される滑膜性関節です(Gray, 2020)。この関節は頭蓋骨と下顎骨を連結する唯一の可動関節であり、咀嚼、嚥下、発音などの重要な機能を担っています(Standring, 2021)。

**関節面の形態:**下顎頭は左右に長い楕円体状(横径約20mm、前後径約10mm)を呈し、その長軸は正中線に対して約15度後外方に傾斜しています(Netter, 2018)。関節窩は側頭骨の下顎窩(関節窩の後部)から関節結節(関節隆起)の下面に至る前後に長い凹面を形成し、下顎頭との形態的不適合が顕著です(Okeson, 2019)。この不適合を補正するため、両者の間には線維軟骨性の関節円板が介在しています。

**関節円板:**関節円板は楕円形の線維軟骨板で、中央部が薄く、前後縁が厚い両凹レンズ状を呈します(Drake et al., 2019)。下面は下顎頭の形状に適合して深く陥凹し、上面は関節窩と関節結節の形状に適合しています。関節円板は関節腔を上下二つの腔室に分割し、上関節腔では滑走運動、下関節腔では回転運動が主に行われます(Okeson, 2019)。円板の周縁部は関節包に連続し、特に外側および内側は下顎頭の外側極および内側極に強固に付着しています。

**関節包:**関節包は比較的薄く弛緩した線維性被膜で、上方は側頭骨の関節窩前方の関節結節、後方は鼓鱗裂の前縁に付着し、下方は下顎頭の頸部に付着します(Moore et al., 2017)。関節包の内面は滑膜で覆われ、関節液を分泌して関節軟骨の栄養と潤滑を担います。関節包は関節円板の周縁に固着しており、円板の運動が関節包によって制御されます。

靭帯構造

顎関節の安定性と運動範囲は、以下の靭帯によって維持・制御されています:

  1. **外側靭帯(側頭下顎靭帯):**関節包の外側面を補強する強靭な線維束で、側頭骨の頬骨突起根部および関節結節の外側面から起こり、扇状に広がって下顎頸部の外側面および下顎枝後縁に付着します(Standring, 2021)。この靭帯は顎関節の主要な支持構造であり、下顎の過度の後方移動を制限します。線維走行は斜後下方に向かい、開口時には緊張し、下顎頭の前下方への移動を誘導します(Okeson, 2019)。
  2. **蝶下顎靱帯(副靭帯):**関節包の内側深部に位置する独立した靭帯で、蝶形骨の棘(蝶形骨棘)から起こり、斜後下方に走行して下顎小舌(下顎孔の前方突起)に付着します(Drake et al., 2019)。この靭帯は関節包とは分離しており、その間隙を下歯槽動脈、下歯槽静脈、下歯槽神経が通過します。蝶下顎靱帯は下顎の過度の前方・下方移動を制限し、開口時の下顎頭の運動軸として機能します(Moore et al., 2017)。
  3. **茎突下顎靱帯(副靭帯):**関節の後内側に位置し、側頭骨の茎状突起先端から起こり、下顎角後縁の内面および下顎枝後縁内面に付着します(Moore et al., 2017)。この靭帯は頚筋膜深葉の局所的肥厚部として形成され、耳下腺浅葉と顎下腺の間を隔てる筋膜性隔壁としても機能します(Standring, 2021)。茎突下顎靱帯は下顎の過度の前方移動を制限する役割を持ちますが、外側靭帯や蝶下顎靱帯に比べて機能的重要性は低いとされています。

関節運動の力学

顎関節における下顎の運動は、以下の三つの基本運動要素の複合として理解されます:

  1. **開閉口運動(上下運動):**開口運動は、初期段階では下関節腔における下顎頭の回転運動(蝶番運動)として始まり、開口が進むにつれて上関節腔における関節円板と下顎頭の一体的な前方滑走運動が加わります(Okeson, 2019)。完全開口時には、下顎頭は関節結節の前方まで移動します。閉口運動はこの逆の経路をたどります。外側翼突筋下頭が関節円板の前方移動を制御し、咬筋、側頭筋、内側翼突筋が閉口を担います(Drake et al., 2019)。
  2. **前後運動(前突・後退運動):**前突運動では、両側の下顎頭が同時に前方へ滑走し、主に上関節腔で運動が行われます。外側翼突筋(特に下頭)の両側同時収縮によって生じます(Moore et al., 2017)。後退運動では、側頭筋後部線維、顎二腹筋、顎舌骨筋などが働き、下顎頭は後方へ復帰します(Schuenke et al., 2016)。
  3. **側方運動(左右運動):**咀嚼時の臼磨運動であり、一側の下顎頭が回転軸となり(作業側)、反対側の下顎頭が前内方へ滑走する(平衡側)ことで生じます(Okeson, 2019)。作業側では主に回転運動、平衡側では滑走運動が優位となります。この運動は、外側翼突筋の片側収縮と咬筋、側頭筋の協調的収縮によって制御されます(Standring, 2021)。

これらの運動は単独で行われることはなく、常に複合的に協調して実行されます。咀嚼サイクルでは、開口、側方移動、閉口、中心位への復帰という一連の運動が円滑に連続します(Okeson, 2019)。顎関節の特徴として、(1)関節円板の移動を伴う複雑な複合運動であること、(2)単純な蝶番関節ではなく滑走性と回転性を併せ持つこと、(3)左右の関節が機能的に一体化し協調運動を行うこと、が挙げられます(Schuenke et al., 2016)。

臨床的意義

顎関節症(Temporomandibular Disorders: TMD)