頚切痕(胸骨の)Incisura jugularis ossis sterni

J0144 (胸骨:前面からの図)

J0145 (胸骨:右側からの図)

J0751 (気管とその右気管支の走行:右側からの図、半分は図式図)

J0752 (気管とその左気管支の走行:左側からの図、半分は図式図)
解剖学的定義と構造
頚切痕(けいせつこん、英:jugular notch, suprasternal notch、ラテン:incisura jugularis)は、胸骨柄(manubrium sterni)の上縁中央に位置する特徴的な切痕で、胸郭の最上部を構成する重要な解剖学的ランドマークです(Gray and Carter, 2008; Standring, 2020)。
形態学的特徴
- 形状:半円形ないし浅いU字型を呈し、その形態には個人差が認められます。切痕の辺縁は滑らかな曲線を描き、鈍縁(obtuse margin)を形成します。
- 寸法:深さは一般的に5〜15mm、幅は20〜30mm程度ですが、性別、年齢、体格により変動します(Moore et al., 2018)。日本人を対象とした研究では、約80%の症例で深さ1mm以上の明瞭な切痕が観察されています(Hirata et al., 2001)。
- 位置関係:左右の鎖骨切痕(incisura clavicularis)の間に位置し、胸骨の最上縁を形成します。椎骨レベルでは第2胸椎(T2)の高さに相当し、これは気管分岐部のやや上方に対応します(Standring, 2020)。
- 靱帯付着:鎖骨間靱帯(ligamentum interclaviculare)が付着し、左右の胸鎖関節(sternoclavicular joint)を連結する役割を果たします(Netter, 2019)。この靱帯は胸鎖関節の安定性に寄与し、上肢帯と体幹の連結を強化します。
周辺の解剖学的構造
頚切痕周囲には多数の重要な解剖学的構造が近接しており、臨床的に重要な意義を持ちます(Ellis, 2006; Sinnatamby, 2011):
- **表層構造:**皮膚、皮下組織、頚筋膜浅葉(superficial layer of cervical fascia)が順に配置されます。頚部筋膜の深層(深頚筋膜)が頚切痕周囲に付着し、胸骨舌骨筋(sternohyoid muscle)および胸骨甲状筋(sternothyroid muscle)の起始部となります。
- **頚三角(suprasternal space):**頚切痕の直上には、頚筋膜浅葉と深葉の間に形成される小さな空間である頚三角が存在します。この空間には少量の脂肪組織、リンパ節、時に頚静脈弓(jugular venous arch)が含まれます。
- **気管:**頚切痕の深部、約2〜3cm後方に気管が位置します。気管と胸骨柄の間には甲状腺峡部(isthmus of thyroid gland)が介在し、通常は第2〜4気管軟骨輪の高さで気管前面を横走します(Sinnatamby, 2011)。
- **血管構造:**頚切痕の深部には重要な大血管が近接しています。左右の腕頭静脈(brachiocephalic vein)は頚切痕の後下方で合流して上大静脈(superior vena cava)を形成します。さらに深部には、大動脈弓から分岐する腕頭動脈(brachiocephalic trunk)、左総頸動脈(left common carotid artery)、左鎖骨下動脈(left subclavian artery)が位置します(Tubbs et al., 2016)。
- **神経構造:**迷走神経(vagus nerve)および反回神経(recurrent laryngeal nerve)が気管に沿って走行し、頚切痕深部の重要な神経構造を形成します。
発生学的側面
胸骨は胚発生期に左右の胸骨板(sternal bar)が正中線で癒合して形成されます。頚切痕は、この癒合過程において胸骨柄の最上部が完全に閉鎖されずに残存した結果として形成される構造です(Drake et al., 2015)。癒合不全の程度により、切痕の深さや形状に個人差が生じます。
臨床的意義
頚切痕は臨床医学において多岐にわたる重要な意義を持ち、診断、治療、解剖学的指標として広く利用されています(Drake et al., 2015; Moore et al., 2018)。