仙骨底 Basis ossis sacri

J0130 (仙骨:前面および下方からの図)

J0134 (仙骨と尾骨:右側からの図)
解剖学的定義と概要
仙骨底(Basis ossis sacri)は仙骨の上端面(Facies terminalis cranialis)を指し、第1仙椎(S1)の椎体上面を中心として構成される幅広い水平面です。この面は脊柱の最下部に位置し、第5腰椎(L5)の下端面と連結して腰仙関節(lumbosacral junction)を形成します。仙骨底は前方に向かって傾斜しており、その傾斜角度は脊椎骨盤バランスに重要な影響を与えます(Standring, 2020; Moore et al., 2017)。
詳細な解剖学的構造
- 中央部(椎体上面):第1仙椎椎体の上面を形成し、楕円形を呈します。前後径は横径よりも大きく、前方に向かって凸状の湾曲を示します。この面は第5腰椎の下関節面と接し、その間に腰仙椎間板(L5/S1椎間板)が介在します。この椎間板は脊柱の中で最も大きく、かつ最も高い圧力負荷を受ける部位です。椎体上面の前縁は後縁よりも高さが低く、これが仙骨の前傾(sacral inclination)を生み出す解剖学的基盤となっています(Standring, 2020)。
- 岬角(Promontorium):仙骨底の前縁中央部が前方および下方に突出した隆起部分で、触診可能な重要な解剖学的ランドマークです。岬角は骨盤入口部(pelvic inlet)の後縁を形成し、骨盤腔を上下に分ける境界となります。産科学において岬角は極めて重要で、恥骨結合上縁から岬角までの距離である真結合線(conjugata vera)の測定基準点となります。真結合線は通常11cm程度で、10.5cm未満の場合は狭骨盤と診断され、経腟分娩が困難となる可能性があります。また、岬角は骨盤計測における外結合線(conjugata externa)の測定にも用いられ、超音波検査やMRIによる評価が可能です(Cunningham et al., 2022)。
- 上関節突起(Processus articularis superior):仙骨底の後外側部、椎体と仙骨翼の移行部に一対存在する突起です。これらは第5腰椎の下関節突起(inferior articular process)と対をなして腰仙関節面(lumbosacral facet joint)を形成します。この関節面は後内側を向いており、矢状面に対して約45度の角度で配置されています。関節面は滑膜関節で、硝子軟骨で覆われています。この関節は腰仙移行部の回旋運動を制限し、前後方向の安定性を提供する重要な機能を持ちます。関節面の配置と形態は個人差が大きく、この変異が腰仙部の可動性や病態に影響を与えます(Standring, 2020; Moore et al., 2017)。
- 仙骨翼(Ala sacralis):仙骨底の外側部を占める三角形の翼状構造で、第1仙椎の肋骨突起(costal process)と横突起(transverse process)が癒合して形成されたものです。仙骨翼は幅広く、上面は比較的平坦で、腸骨の内側面と接して仙腸関節(sacroiliac joint)の耳状面(auricular surface)の一部を形成します。仙骨翼の前縁は腰仙靭帯(lumbosacral ligament)の付着部となり、後縁は第1後仙骨孔(posterior sacral foramen)の外側縁を形成します。この部分は体重を骨盤帯から下肢へ伝達する重要な力学的経路であり、立位や歩行時に大きな圧縮力を受けます。仙骨翼の内部は海綿骨で構成され、骨折や骨粗鬆症の好発部位となります(Moore et al., 2017)。
- 椎孔(Vertebral foramen):仙骨底の後方には第1仙椎の椎孔が開口しており、これは上方の腰椎管から連続する仙骨管(sacral canal)の入口部を形成します。この椎孔は三角形を呈し、内部には馬尾神経(cauda equina)の終末部が通過します。椎孔の後縁は椎弓によって形成され、その外側には上関節突起が位置します(Standring, 2020)。
血管と神経の解剖
仙骨底周囲には重要な血管神経構造が存在します。前面では正中仙骨動静脈(median sacral vessels)が岬角の前面を下行し、外側仙骨動静脈(lateral sacral vessels)が仙骨翼の前面を走行します。仙骨管内には第1仙骨神経根(S1 nerve root)が椎間孔から出て、仙骨神経叢(sacral plexus)の形成に寄与します。特に上関節突起周囲では神経根が骨構造に近接しており、外科的操作時には注意が必要です(Moore et al., 2017)。
生体力学的特性
仙骨底は脊椎骨盤複合体の要となる部位で、体重の約60%を支持します。立位では仙骨底に前方への剪断力と圧縮力が作用し、L5/S1椎間板には体重の数倍の負荷がかかります。仙骨傾斜角(sacral slope)は骨盤入射角(pelvic incidence)、骨盤傾斜角(pelvic tilt)とともに脊椎骨盤アライメントの評価指標となり、正常値は約40度です。この角度の異常は腰椎前弯の増減や腰痛と関連します(Roussouly & Nnadi, 2010)。
臨床的意義
- 腰仙移行部の病態:仙骨底は腰仙移行椎(lumbosacral transitional vertebrae: LSTV)の変異が最も多く生じる部位です。Castellvi分類によれば、第5腰椎の横突起肥大や仙骨化(sacralization)、第1仙椎の腰椎化(lumbarization)などの変異があり、人口の約4-35%に認められます。これらの変異は腰痛の原因となることがあり、特に片側性の変異では代償性の脊柱側弯や椎間板変性が生じやすくなります。また、LSTVの存在は椎間板ヘルニアの発生レベルに影響を与え、画像診断時の椎体番号の誤認(numbering error)の原因となります(Konin & Walz, 2010)。
- 腰仙椎椎間板ヘルニア:L5/S1椎間板ヘルニアは全腰椎椎間板ヘルニアの約50%を占める最多発部位です。仙骨底と第5腰椎の間に介在する椎間板は高い圧力負荷を受けるため、線維輪の断裂と髄核の脱出が生じやすくなります。外側型ヘルニアでは第5腰神経根(L5)が、後外側型では第1仙骨神経根(S1)が圧迫され、下肢痛や筋力低下を引き起こします(Moore et al., 2017)。
- 仙骨骨折:高エネルギー外傷や骨盤骨折に伴い、仙骨底部の骨折が生じることがあります。Denis分類では仙骨骨折をZone I(仙骨翼)、Zone II(仙骨孔)、Zone III(仙骨管)に分類し、Zone IIIでは馬尾神経や仙骨神経根の損傷リスクが高く、膀胱直腸障害や下肢麻痺を生じる可能性があります。特に縦骨折(vertical fracture)は不安定性が高く、外科的治療が必要となることが多いです。骨粗鬆症患者では低エネルギー外傷でも仙骨脆弱性骨折(sacral insufficiency fracture)が生じ、腰痛の原因となります(Denis et al., 1988)。
- 脊椎すべり症:第5腰椎の前方すべり(腰椎分離すべり症:spondylolisthesis)は仙骨底との位置関係異常を伴います。Wiltse分類では分離すべり症を5型に分類し、峡部分離を伴うもの(Type II)が最も多く見られます。すべり症では腰仙角(lumbosacral angle)が増大し、仙骨底の前傾が増加します。すべりの程度はMeyerding分類で評価され、Grade IIIIVでは神経症状や不安定性のため外科的固定術の適応となります(Wiltse et al., 1976)。
- 産科的重要性:岬角を基準とする骨盤計測は分娩管理において極めて重要です。真結合線(conjugata vera)は岬角と恥骨結合上縁内側間の最短距離で、通常11cm以上ありますが、10.5cm未満では児頭骨盤不均衡(cephalopelvic disproportion: CPD)のリスクが高まり、帝王切開の適応となる可能性があります。骨盤入口部の形態は人種差があり、日本人女性では欧米人と比較して前後径がやや短い傾向があります。現代では超音波検査やMRIによる正確な骨盤計測が可能で、分娩様式の決定に重要な情報を提供します(Cunningham et al., 2022)。