眼窩部(前頭骨の)Pars orbitalis (Os frontale)
前頭骨の眼窩部は、解剖学的および臨床的に極めて重要な構造を持つ前頭骨の一部であり、以下の詳細な特徴があります(Standring et al., 2021):

J0036 (前頭骨:後方からの図)

J0037 (前頭骨:下方からの図)

J0085 (内頭蓋底、アノテーション付き)

J0087 (左側からの頭蓋骨の正中断図)

J0089 (右の翼口蓋窩、外側からの図)

J0093 (右の眼窩の下部の壁、上方からの図)

J0094 (頭蓋骨の前頭断、後方からの図)

J0904 (硬脳膜と頭蓋骨を通る神経)
解剖学的特徴
- 基本構造:
- 左右対称に配置され、眼窩上壁の約80%を形成する薄い骨板構造です(Moore et al., 2023)。
- 厚さは約2mm、前後径約40mm、内外径約30mmの広がりを持つ、頭蓋骨の中でも最も薄い部分の一つです(Drake et al., 2020)。
- 水平面にほぼ平行に配置され、前頭蓋窩の底部と眼窩の上壁を同時に形成します。
- 境界と縫合:
- 内側縁には馬蹄形の篩骨切痕(Incisura ethmoidalis)があり、篩骨篩板と縫合を形成し、前頭蓋窩と鼻腔の境界を作ります。
- 外側縁は眼窩縁に移行し、頬骨との関節面を形成します(Sinnatamby, 2022)。
- 後縁は蝶形骨小翼と接し、視神経管に近接します。
- 表面の特徴:
- 上面(頭蓋側):前頭蓋窩の一部を形成し、前頭葉の眼窩面と接触します。脳回の圧痕が観察されます。
- 下面(眼窩側):滑らかで凹面を呈し、眼窩内容を収容します。
- 滑車窩(Fovea trochlearis):眼窩内側前方に位置し、上斜筋の滑車(腱の方向を変える線維軟骨性構造)が付着します(Netter, 2023)。
- 滑車棘(Spina trochlearis):滑車窩の内側に認められることがある小さな骨突起で、滑車の固定を補強します。
- 涙腺窩(Fossa glandulae lacrimalis):眼窩外側前方に位置し、涙腺を収容する浅い陥凹です。
- 孔と管:
- 前篩骨孔(Foramen ethmoidale anterius):篩骨切痕の前方に位置し、前篩骨動脈と前篩骨神経が通過します(Standring et al., 2021)。
- 後篩骨孔(Foramen ethmoidale posterius):篩骨切痕のやや後方に位置し、後篩骨動脈と後篩骨神経が通過します。
- これらの孔を通る血管と神経は、眼窩から篩骨洞を経て鼻腔へと連絡します。
重要な解剖学的関係
- 前頭洞との関係:
- 前頭骨眼窩部は前頭洞の後壁(眼窩側壁)を形成し、前頭洞の発達に関与します(Netter, 2023)。
- 前頭洞の大きさと形状には個人差が大きく、眼窩部の厚さにも影響します。
- 前頭洞の感染や外傷が眼窩に波及する経路となりえます。
- 眼窩内容との関係:
- 眼窩部の下面は、眼窩脂肪、眼球、眼筋、血管、神経などの眼窩内容を収容する空間の上壁を形成します。
- 上直筋と上眼瞼挙筋が眼窩部の直下を走行します。
- 滑車上神経(前頭神経の分枝)が眼窩部の骨膜直下を走行し、前額部の知覚を担います。
- 頭蓋内容との関係:
- 眼窩部の上面は前頭蓋窩の一部を形成し、大脳前頭葉の眼窩面と接します。
- 硬膜が眼窩部の上面に密着しており、外傷時に硬膜損傷のリスクがあります。
- 前頭葉の病変や手術アプローチを考える際の重要な解剖学的指標となります(Rhoton, 2020)。
- 篩骨との関係:
- 篩骨切痕で篩骨篩板と縫合を形成し、前頭蓋窩と篩骨洞・鼻腔を隔てます。
- 篩骨篩板を通る嗅神経線維束が、前頭蓋窩から鼻腔へと通過します。
- 篩骨切痕の両側に前後篩骨孔が開口し、血管神経の通路となります。
臨床的意義
- 外傷:
- 眼窩吹き抜け骨折(orbital blow-out fracture)の好発部位の一つであり、眼窩内圧の急激な上昇により眼窩部が骨折することがあります(Iliff et al., 2021)。
- 骨折により眼窩内容が前頭蓋窩や前頭洞へ脱出する可能性があり、視機能障害、複視、眼球陥凹などの症状を引き起こします。
- 前頭部の直接外傷では、眼窩部の骨折に伴い前頭蓋底骨折、硬膜損傷、髄液漏のリスクがあります。
- 篩骨動脈の損傷により眼窩内血腫や鼻出血が生じることがあります。
- 感染:
- 前頭洞炎が眼窩部を通じて眼窩に波及すると、眼窩蜂窩織炎(orbital cellulitis)の原因となります。
- 篩骨洞炎も前後篩骨孔を通じて眼窩に感染が波及する経路となりえます。
- 眼窩蜂窩織炎は視力低下や失明のリスクがあり、緊急治療を要します。
- 重症例では海綿静脈洞血栓症や頭蓋内感染へと進展する可能性があります。
- 腫瘍:
- 前頭洞、篩骨洞、眼窩の腫瘍が眼窩部を浸潤・破壊することがあります。
- 髄膜腫、骨腫、線維性骨異形成症などが眼窩部に発生することがあります(Jang et al., 2022)。
- 腫瘍による眼窩部の変形は、眼球突出、複視、視力障害の原因となります。
- 手術アプローチ:
- 神経外科手術(前頭蓋底手術、前頭葉手術)の際の重要なランドマークとなります(Rhoton, 2020)。
- 眼窩手術や副鼻腔内視鏡手術(ESS)において、眼窩部の位置関係の正確な把握が合併症予防に不可欠です。
- 前頭蓋底腫瘍の切除や頭蓋底再建において、眼窩部の解剖学的理解が重要です。
- 経頭蓋的アプローチや経眼窩的アプローチの選択に影響します。
- 画像診断:
- 発達と加齢変化: