
J0810 (後期妊娠中の右乳腺:乳房筋に対する位置で自由に調整された標本)

J0811 (妊娠中の右乳房の水平断、上半分:下方からの図)
乳腺葉は、乳房組織内の機能的かつ解剖学的な区画で、複数の乳腺小葉(lobuli)、乳管系(lactiferous ducts)、支持結合組織、および脂肪組織から構成されています(Ellis et al., 2019)。成人女性の乳房には通常15〜20個の乳腺葉があり、それぞれが独立した乳管開口部を持ち、乳頭(papilla mammaria)に放射状に配置されています(Standring, 2021)。各乳腺葉は乳頭から扇状に広がり、乳房の深層から浅層にかけて三次元的に配置されています。
乳腺葉は主に第2〜第6肋骨の高さに位置し、水平方向では胸骨外側縁から腋窩中線にかけて分布しています(Moore et al., 2018)。各乳腺葉はCooper靭帯(suspensory ligaments of Cooper)によって支持されており、この線維性結合組織が皮膚と胸筋筋膜をつなぎ、乳房の形態を維持しています(Standring, 2021)。乳癌の進行に伴いCooper靭帯が短縮すると、皮膚陥凹やdimpling signが出現します(Harris et al., 2020)。
組織学的には、乳腺葉内の小葉(lobuli)は単一層の分泌上皮細胞と筋上皮細胞で構成された腺胞(alveoli)からなり、これらが集まって終末細気管支単位(terminal ductal lobular unit: TDLU)を形成します(Mescher, 2018)。TDLUは乳癌の大部分が発生する部位として重要です(Wellings et al., 1975)。泌乳期には、プロラクチンとオキシトシンなどのホルモン刺激により、これらの腺胞が活性化して乳汁を産生・排出します(Tucker, 1981)。
非泌乳期の乳腺葉は主に線維性および脂肪性の間質組織で構成されていますが、妊娠中および授乳期には腺組織が著明に増生します(Russo & Russo, 2004)。
乳腺葉への血液供給は、主に内胸動脈(internal thoracic artery)の穿通枝、外側胸動脈(lateral thoracic artery)、および肋間動脈(intercostal arteries)の外側枝から行われます(Standring, 2021)。静脈還流は同名の静脈を介して行われ、最終的に腋窩静脈と内胸静脈に注ぎます。
神経支配に関しては、第2〜第6肋間神経の外側および前枝が乳房皮膚と乳腺組織に分布し、特に第4肋間神経が乳頭乳輪複合体の主要な知覚神経となります(Schlenz et al., 2000)。
乳腺葉からのリンパ流は臨床的に極めて重要です。乳房のリンパ液の約75%は腋窩リンパ節に流入し、残りの約25%は内胸リンパ節に流入します(Suami et al., 2008)。乳癌の転移経路として、腋窩リンパ節のレベルI、II、IIIへの転移が予後因子となります(Veronesi et al., 2003)。センチネルリンパ節生検は、乳癌の病期診断において標準的な手技となっています(Krag et al., 2010)。
乳腺葉の発達は思春期に始まり、エストロゲンとプロゲステロンの影響下で乳管系と小葉が増生します(Howard & Gusterson, 2000)。妊娠期には更なる分化が進み、泌乳能を獲得します。閉経後には腺組織が退縮し、脂肪組織に置換されるため、マンモグラフィー上の乳腺濃度が低下します(Boyd et al., 2007)。
7. 臨床的意義
乳腺葉は乳癌の好発部位であり、特に上外側象限に約50%の乳癌が発生します(Harris et al., 2020)。これは同部位に乳腺組織が最も多く分布するためと考えられています。マンモグラフィー上の高濃度乳房(dense breast)は、乳腺葉の腺組織が豊富であることを示し、乳癌リスクの増加と関連します(Boyd et al., 2007)。
授乳期には乳腺炎(mastitis)が発生することがあり、特にStaphylococcus aureusによる感染が多く、適切な抗生物質療法と授乳の継続が推奨されます(Jahanfar et al., 2013)。
画像診断では、マンモグラフィー、超音波検査、MRIが用いられ、乳腺葉の構造変化、腫瘤形成、石灰化などが評価されます(Berg et al., 2019)。特にBI-RADS(Breast Imaging Reporting and Data System)分類は、画像所見の標準化と臨床管理の指針となっています(D'Orsi et al., 2013)。