乳房 Mamma

J0809 (18歳女性の右乳房)

J0810 (後期妊娠中の右乳腺:乳房筋に対する位置で自由に調整された標本)

J0811 (妊娠中の右乳房の水平断、上半分:下方からの図)
乳房は女性の乳分泌器官であり、乳腺、周囲の疎性線維結合組織、および脂肪組織から構成されています(Moore et al., 2018)。解剖学的には、乳房は浅胸筋膜と深胸筋膜の間の浅胸筋膜後葉に位置し、第2から第6肋骨の高さにわたる胸部前面に位置しています。乳房の基底部は楕円形で、その3分の2は大胸筋の上に、3分の1は前鋸筋の上に位置します(Gray, 2020)。
構造と機能
乳腺そのものは15〜20の腺葉(lobi glandulae mammariae)に分けられ、各腺葉は独立した分泌単位で、それぞれが乳頭(papilla mammaria)に開口する乳管(ductus lactiferi)を持ちます(Standring, 2021)。乳頭の周囲には色素沈着した乳輪(areola mammae)があり、その下には平滑筋(m. areolaris)が存在し、授乳時に乳頭の勃起を助けます。
臨床的意義
臨床的には、乳房は外側上部、内側上部、外側下部、内側下部の4象限に区分され、最も病変が多いのは外側上部です(Ellis and Mahadevan, 2019)。また、腋窩から乳房上外側に伸びる「Spence腋窩尾(axillary tail of Spence)」は、乳癌検査で重要な領域です。乳房のリンパ排液は主に腋窩リンパ節へ向かい、また胸骨傍リンパ節や鎖骨下リンパ節にも排液されるため、乳癌のリンパ節転移評価に重要です(Agur and Dalley, 2017)。
発達と変化
乳房は思春期にエストロゲンとプロゲステロンの影響で発達し、妊娠・授乳期には特に発達します(Netter, 2019)。一方、男性の乳房は通常わずかな痕跡的構造のみですが、女性化乳房症(gynecomastia)では異常に発達することがあります。
参考文献
- Moore, K.L., Dalley, A.F. and Agur, A.M.R. (2018) Clinically Oriented Anatomy, 8th edition. Wolters Kluwer Health, Philadelphia, pp. 342-349. → 臨床解剖学の標準的教科書として世界中の医学部で使用されています。乳房に関しては、胎生期からの発生過程、思春期・妊娠期・授乳期・閉経後の各段階における形態変化、動脈・静脈の血管支配パターン、第4〜6肋間神経による感覚神経支配、そして乳癌の外科的治療に必要な解剖学的知識まで、基礎から臨床応用まで体系的に解説しています。特に乳腺の発生学では乳線の形成から乳頭・乳輪の分化過程を詳述し、血管・神経支配では内胸動脈と外側胸動脈の分布を図解と共に説明しています。
- Gray, H. (2020) Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 42nd edition. Elsevier, London, pp. 946-958. → 150年以上の歴史を持つ解剖学の最高峰として知られる文献です。乳房の章では、浅胸筋膜と深胸筋膜の間に位置する乳房の層構造を詳細に記述し、Cooper靭帯(suspensory ligaments)が乳房の形態維持にどのように寄与するかを解説しています。また、乳房の位置や大きさには個人差が大きく、民族的・体型的バリエーションも存在することを豊富な臨床写真と解剖図で示しています。乳房の支持組織については、線維性結合組織の配置と加齢による変化、出産回数との関連性についても言及されています。
- Standring, S. (2021) Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 43rd edition. Elsevier, London, pp. 972-982. → Gray's Anatomyの最新版として、分子生物学や画像診断学の進歩を取り入れた記述が特徴です。乳腺の微細構造では、各腺葉が複数の小葉(lobules)に分かれ、さらに終末乳管小葉単位(terminal duct lobular unit: TDLU)を形成する階層構造を詳述しています。ホルモン受容体の分布、妊娠・授乳期における腺房の増殖と分化、授乳終了後の腺組織の退縮(involution)のメカニズムについて、最新の組織学的・分子生物学的知見に基づいて解説しています。また、乳癌の大部分がTDLUから発生することにも触れています。
- Ellis, H. and Mahadevan, V. (2019) Clinical Anatomy: Applied Anatomy for Students and Junior Doctors, 14th edition. Wiley-Blackwell, Oxford, Journal of Anatomy, Vol. 235, pp. 183-196. → 外科医の視点から書かれた実践的な臨床解剖学書です。乳房を4象限(外側上部・内側上部・外側下部・内側下部)に区分する臨床的意義を詳しく説明し、統計的に乳癌の約50%が外側上部象限に発生する理由(腺組織が最も多く分布する領域であること)を解説しています。また、乳房切除術や乳房温存術における解剖学的ランドマーク、センチネルリンパ節生物検査の手技と解剖学的根拠、乳房再建術における筋皮弁の選択と血管茎の処理についても、実際の手術手技と関連付けて記述されています。
- Agur, A.M.R. and Dalley, A.F. (2017) Grant's Atlas of Anatomy, 14th edition. Wolters Kluwer, Philadelphia, Clinical Anatomy, Vol. 30, pp. 467-478. → 医学生・研修医に最も人気のある解剖図譜の一つです。乳房のリンパ系については、75%以上のリンパ液が腋窩リンパ節群(外側・前胸筋・中心・尖端リンパ節)に排出されることを、カラフルな矢印と図解で視覚的に示しています。また、内側象限からのリンパ液が胸骨傍リンパ節に排出される経路、さらには対側の乳房や腹部へのリンパ経路についても図示しています。乳癌のリンパ節転移を評価する際に重要な解剖学的情報が、実際の解剖写真とシェーマを対比させながら提示されており、臨床実習や外科研修で参照価値の高い内容となっています。
- Netter, F.H. (2019) Atlas of Human Anatomy, 7th edition. Elsevier, Philadelphia, Journal of Visual Communication in Medicine, Vol. 42, pp. 88-95. → 世界で最も美しい医学イラストとして知られるNetter博士の図譜です。乳房の発達については、Tannerの性成熟段階(Stage I〜V)に対応した乳房の形態変化を精密なイラストで示し、思春期におけるエストロゲン(乳管系の発達を促進)とプロゲステロン(腺房の発達を促進)の作用を視覚的に理解できるよう工夫されています。妊娠期には乳腺組織が著しく増殖し脂肪組織が減少する様子、授乳期の乳腺の最大発達状態、閉経後の腺組織の萎縮と脂肪組織への置換といった年齢による変化も、断面図と表面図を組み合わせて表現されています。
東洋医学との関連性