外側神経束

外側神経束は、第5頚神経から第7頚神経由来で、上肢に神経を供給する腕神経叢の3つの索のうちの1つです。外側神経束は、腕の前区画の筋肉に運動神経を、前腕外側に感覚神経を供給し、筋皮神経を含むいくつかの神経を生じさせます。

正中神経ワナ

日本人のからだ(千葉正司 2000)によると

筋皮神経と尺骨神経の分岐後、外側神経束と内側神経束が腋窩動脈の前面で合一し、正中神経ワナを形成します。Adachi(1928 a)によれば、正中神経ワナの形態は、通常(腋窩動脈の第2・第3部)の高さで形成されるA型(93.4%)、大円筋下縁を中心として腋窩下縁から上腕の高さで形成されるB型(1.7%)、ワナが形成されないC型(4.9%)の3つに分けられます(図60表73)。

通常よりも遠位で形成されるB型の正中神経ワナは、筋皮神経と正中神経が交通して島を形成するさいの二次(遠位)のワナに相当し、一次のワナは元々欠如しているとされています(Adachi, 1928 a; 宮崎, 1944)。B型の正中神経ワナでは、浅上腕動脈、つまり起始高から見ると、Adachi(1928 a)の中外側浅上腕動脈が多く通過します(桜井, 1902; 福山, 1938; 森, 1941 b; 佐藤・高橋, 1955; 鬼頭ら, 1980; 梅谷ら, 1981; 黄, 1981)。鬼頭ら(1980)の1例では、腋窩動脈が内側神経束の内側から後方に回り込み、上腕領域で腕神経叢の深層から浅層へと浅上腕動脈が貫通するため、B型正中神経ワナが形成されます。その例では、胸筋神経ワナは形成されていなかったと報告されています。

通常、正中神経ワナは、大・小胸筋の深層で、外側神経束と内側神経束からの両根が腋窩動脈を前方から挟む形で形成されます(池本, 1937; 宮薗, 1958; 熊木, 1980; 千葉, 1983 b, 1984 a; 相澤ら, 1996)。腋窩動脈は主にC7とC8の間を通過します(表74)。しかし、腋窩動脈が腕神経叢主部を貫通せず、いわゆる浅肩甲下動脈(山田, 1967)の経路を通り、内側神経束を内側から通過して深層を下行することもあります(7.7%, 相澤ら, 1996)。このような場合はいわゆるC型腕神経叢で、正中神経ワナが欠如します。

正中神経ワナが欠如したC型腕神経叢については多くの報告があります(田口, 1890, 1894; 足立, 1896; Adachi, 1928 a; 福山, 1938; 森, 1941 b; 宮崎, 1944; 早矢仕, 1952 a; 吉田, 1961; 仲西, 1964; 堺, 1964; 山田ら, 1974; 熊木, 1980; 千葉, 1983 a, 1986, 1988)。C型腕神経叢では、腹側(稀に背側の神経も参加)の神経が集まって単一の神経幹を作る場合から、単に腋窩動脈の本幹が貫通しないだけで、正常型に近い叢構成の神経叢まで含まれます(千葉, 1983 a, 1988)。腋窩動脈は、その際に内側前腕皮神経と内側上腕皮神経の間、内側上腕皮神経と肋間上腕神経の間(Th1とTh2の間)などを通過します(図61)(千葉, 1983 a, 1986; 相澤ら, 1996)。C型腕神経叢では、胸筋神経ワナの異常や欠如を伴うことが多く、正常型(A型腕神経叢)に比べて、神経の共同幹形成や交通がより頻繁に見られます。C型腕神経叢の腋窩動脈は、浅肩甲下動脈(山田, 1967)の経路が発達したものと考えられ、その走行は前上腕回旋動脈の起始付近で、通常の上腕動脈の経路に戻るとされています。この異常経路は、腕神経叢周囲の神経の栄養動脈、動脈の筋枝を含む動脈網による側副循環路の発達と解釈されます。なお、C型腕神経叢の叢内には、正常例の腋窩動脈の走行に一致した、細い神経の栄養動脈を認めることができます。

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図60 正中神経ワナの形態(右前面) (Adachi, 1928a)

図60 正中神経ワナの形態(右前面)

A型の正中神経ワナは通常、腋窩動脈の第2・第3部の高さに存在します。B型のワナは腋窩下縁から上腕部に形成され、C型ではワナが欠如します。 A:腋窩動脈、B:上腕動脈(深上腕動脈)、M:正中神経、Mc:筋皮神経、U:尺骨神経

表73 正中神経ワナの形態とその出現頻度

表73 正中神経ワナの形態とその出現頻度

A型 B型 C型 その他
Adachi(1928a) 410例 93.4% 1.7% 4.9% -
福山(1938) 100例 96.0 2.0 1.0 -
森(1941b) 208例 95.7 1.0 3.4 -
宮崎(1944) 120例 92.5 2.5 5.0 -
早矢仕(1952a) 156例 98.1 - 1.9 -
千葉(1988) 716例 95.5 - 3.6 0.8

(早矢仕, 1952 aに追加)