腕神経叢

通常、腕神経叢は第5~8頚神経全てと第1胸神経の大部分から始まり、時折第4頚神経と第2胸神経との細枝で交通します。この神経叢は前斜角筋と中斜角筋の間を通り、上内方から下外方に向かって走り、鎖骨の下を通って腕窩に至り、上腕帯および自由上肢部の各部に枝を分けます。これは脊髄神経叢の中で最も発育が良い部分です。

腕神経叢の構造は独特で、第5、6頚神経が合わさり1つの幹を作ります。第7頚神経は独立して別の幹を形成し、第8頚神経と第1胸神経が合わさってもう1つの幹を作ります。これらはそれぞれ上神経幹、中神経幹および下神経幹と呼ばれます。

次に、これら3つの幹はそれぞれ前後に2つの枝に分かれます。後枝は3本が合わさって1本の後神経束を作り、その延長が橈骨神経となります。前枝は上中2本が合わさって新たに外側神経束を作り、下神経幹の前枝はそのまま内側神経束となります。

内外の神経束はそれぞれ2つの枝に分かれ、中央の2つの枝が合わさって正中神経を作ります。外側の枝は筋皮神経となり、内側の枝はさらに分かれて尺骨神経、内側上腕皮神経、内側前腕皮神経の枝になります。

腕神経叢は位置により鎖骨上部と鎖骨下部に分けられます。鎖骨上部は鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の下部の後に位置し、鎖骨下部は鎖骨下で大小両胸筋に覆われ、腕窩に至ります。

日本人のからだ(千葉正司 2000)によると

腕神経叢は通常、第5頚神経前枝(C5)から第1胸神経前枝(Th1)の5根(C5-Th1)で構成されます。その上界にはC3(1.0%)またはC4(30.0%)、下界にはTh2(16.5%)が参加することもあります(Hirasawa, 1931)。腕神経叢の根構成については多くの報告があります(表71参照)(Hirasawa, 1931; 川崎,1940 a; 森・松下,1941 a; 式場,1947; 南谷,1950; 白松,1951 b; Arakawa, 1952; 小原,1958; 宮薗,1958; 浦,1962; 熊木,1980; 平澤・岡本,1982; 山田・萬年,1985; 児玉,1987; 河西,1993)。森・松下(1941 a)は、C5-8の1例を報告します。Kato (1989)は、C4とC5の連絡が約70%に認められる一方で、C4の腕神経叢上神経幹への関与は低いと述べています。相山(1972)は、Th1とTh2の交通が79%に認められ、Th2成分が主に内側前腕皮神経へ参加していることを確認しています。

腕神経叢の5根は、椎間孔を通り、前斜角筋と中斜角筋の間にできる裂隙、つまり斜角筋隙を通って、鎖骨下動脈と共に腋窩に向かいます。その際、鎖骨下動脈はC8, Th1の橈(下神経幹)の前面を通ります。後鎖骨下筋M.subclavius posticus(しばしば破橈筋として肩甲骨に停止する)は、腕神経叢の神経幹から神経束への移行部前面をほぼ橈走しています(森・大内, 1982)。Inuzuka (1989)は、Th1の橈が鎖骨下動・静脈の深層で、動脈と共に前斜角筋の前を通る1例を報告しています。斜角筋隙や前斜角筋の下位橈部の独立筋束である最小斜角筋と鎖骨下動脈、腕神経叢の橈との位置関係は変異に富みます(芹澤,1968; 畦平・村上,1970; 山本,1992)。芹澤(1968)によると、最小斜角筋が出現すると(32%)、この筋束は鎖骨下動脈と下神経幹(C8、Th1)との間を分離しています。

腕神経叢の多数例では、C5とC6の両橈が合一して上神経幹、C7の橈はそのまま中神経幹、C8とTh1が合一して下神経幹となり、これら3本の各神経幹はそれぞれ前(腹側)橈と後(背側)橈とに分かれます。上神経幹と中神経幹から派生した2本の前橈は合流して外側神経束となり、下神経幹の前橈はそのまま内側神経束に移行します。外側神経束は外側に筋皮神経を分岐した後、正中神経ワナの外側橈となり、内側神経束は内背側に尺骨神経を分岐した後、正中神経ワナの内側橈となり、両橈は腋窩動脈の前面で合流して正中神経ワナを形成します。正中神経ワナは腋窩動脈の貫通によって形成され、多くの場合、C7とC8の脊髄分節間を通ります。上肢の屈側(前面)の皮膚と筋を支配する神経、すなわち筋皮神経、正中神経、尺骨神経は、正中神経を中心にしてM字状に分岐します。上、中、下の各神経幹から派生した3本の後橈は合流して後神経束を形成します。この後神経束から上肢の伸側(橈面)の皮膚と筋に分布する神経、すなわち腋窩神経と橈骨神経が分岐します。腋窩動脈は内側神経束の前面を交差し、内側神経束と外側神経束の間を通って橈神経叢内に進入し、神経叢を背腹2層に分離します。

腕神経叢の叢構成(外形)は、各神経幹と各神経束の根構成と分岐状態から、多数の分類型に分けられます(図59参照)。Hirasawa (1931)が13型、川崎(1940 a)が15型、Arakawa (1952)が15型、小原(1958)が16型、式場(1947)と白松(1951 b)がそれぞれ6型に分類しています。上述したような標準型の腕神経叢の構成は、調査例の約75%に認められます(75.0%, Hirasawa,1931; 75%,川崎,1940 a; 75.0%,森・松下,1941 a; 70.8%, Arakawa, 1952, 1958)。吉田ら(1958)は、中神経幹がC7とC8、下神経幹がTh1から構成された2例(HirasawaのVI型)を、また安部ら(1980 a)は下神経幹が後神経束に枝を出さずに、そのまま内側神経束に移行する例(HirasawaのV型、XII型に類似)を報告しています。

HirasawaのX型(5.5%, Hirasawa, 1931; 6.4%, Arakawa,1952)、式場(1947)と白松(1951 b)のVI型(それぞれ各2例)では、腕神経叢の腹側の神経に分類される筋皮神経、正中神経、尺骨神経、内側前腕皮神経と内側上腕皮神経の全て、あるいはそれらの神経の大部分が合体して単一の共通幹から分岐します。ただし、HirasawaのX型には、正中神経と尺骨神経による共通幹形成の場合も含まれています(川崎,1940 a; 森・松下,1941 a; 門田,1942; 宮崎,1944; 小原,1958)。

Adachi (1928 a)は、正中神経ワナの形態をA-Cの3型に分類しました(図60参照)。渡部(1934)の1例、吉田(1961)の2例では、正中神経ワナより近位で腕神経叢が一度集束し、AdachiのA型とC型が共存するような形態を示しています。芋川(1935)の1例では、中神経幹の後枝が外側神経束に、中神経幹の前枝が後神経束に参加し、腕神経叢内で背腹の層構成が混乱しています。

腕神経叢は随所で、鎖骨下動脈と腋窩動脈の枝、すなわち頚横動脈の深枝、肩甲上動脈、肩甲下筋枝などによって貫通されます(Adachi, 1928 a; 森,1941 a; 山田,1967; 千葉,1986)。まれに頚腕筋や小肩甲下筋が出現すると、これらの破格筋は腕神経叢の上部または背側部を貫き、叢構成に変化が生じることもあります(Nonaka and Watanabe, 1959; 中尾,1964; 宮崎ら,1965; Kameda, 1976; Koda et al., 1991)。

このように、腕神経叢の外形は、その根構成の違い、叢構成の変化、あるいは腋窩動脈の貫通部位の変化、さらには破格筋の出現によって、多様に変化します。しかし、腕神経叢の外形が異なっても、腕神経叢の根構成が同一であれば、そこに生じる個々の神経の分節構成に大きな変化は認められません(表72参照)。

表71 腕神経叢の根構成

表71 腕神経叢の根構成