肝静脈 Venae hepaticae (Hepatic veins)

J0621 (門脈の幹)

J0622 (男性の下大静脈、前方からの図)

J0709 (腹膜の折り返し部分と肝臓:上方からの図)

J0710 (腹膜の折り返し部分と肝臓:下後方からの図)

J0764 (後腹壁にある男性の泌尿器:前方からの図)
概要
肝静脈は、肝臓から下大静脈への静脈還流を担う重要な血管系であり、肝臓の機能解剖学的区分および外科的セグメント分類において重要な目印となります。肝静脈系は、肝小葉レベルの微細構造から始まり、段階的に合流して大きな静脈を形成する階層的な構造を持っています (Gray and Lewis, 2020; Skandalakis et al., 2018)。
微視的解剖学
肝静脈系の起始は、肝小葉の中心に位置する中心静脈(central vein)です。肝小葉は直径約1-2mmの六角柱状の機能単位であり、その周辺部には門脈三つ組(肝動脈枝、門脈枝、胆管)が配置されています。中心静脈は、肝細胞索の間を流れる類洞(sinusoid)から血液を受け取ります。類洞は不連続な内皮細胞で覆われた特殊な毛細血管であり、門脈血と肝動脈血が混合し、肝細胞と物質交換を行った後、中心静脈に流入します (Moore et al., 2022)。
複数の中心静脈が合流して小葉下静脈(sublobular vein)を形成し、これらがさらに集合して肝内の集合静脈(collecting vein)となり、最終的に主要な肝静脈幹を形成します。この段階的な合流過程において、静脈壁は徐々に厚くなり、結合組織成分が増加します (Abdel-Misih and Bloomston, 2019)。
巨視的解剖学
主要肝静脈は通常3本から構成され、それぞれが肝臓の特定の区域から血液を集めます:
- 右肝静脈(Right hepatic vein):肝臓の右葉後区域(S6, S7)および前区域(S5, S8)から血液を集めます。3本の肝静脈の中で最も太く、直径は通常8-15mmです。右肝静脈は肝臓の右側面に位置し、ほぼ水平方向に走行して、下大静脈の右側壁に独立して流入します。流入部は第二腰椎レベルの高さに位置することが多く、右横隔膜下腔の直下にあたります (Skandalakis et al., 2018; Nakamura and Tsuzuki, 2017)。
- 中肝静脈(Middle hepatic vein):主として右葉前区域の内側部(S5の一部、S8の一部)、方形葉(S4)、および左葉内側区域から血液を集めます。中肝静脈は解剖学的に極めて重要であり、肝臓の機能的な右半肝と左半肝を分ける矢状面であるカントリー線(Cantlie's line)に沿って走行します。この線は、胆嚢窩から下大静脈への肝臓付着部を結ぶ仮想線であり、肝切除術における重要な解剖学的指標となります。中肝静脈の直径は通常6-10mmです (Couinaud, 1999; Moore et al., 2022)。
- 左肝静脈(Left hepatic vein):左葉外側区域(S2, S3)から血液を集めます。左肝静脈は肝臓の左側を走行し、直径は通常5-8mmです。約60-70%の症例では、左肝静脈は中肝静脈と合流して共通幹を形成した後、下大静脈に流入します。この共通幹の長さは通常1-2cmです (Nakamura and Tsuzuki, 2017)。
副肝静脈と尾状葉の静脈還流
主要な3本の肝静脈以外にも、多数の小さな副肝静脈(accessory hepatic veins)が存在し、特に右葉後区域下部(inferior right hepatic vein)から直接下大静脈に流入するものは臨床的に重要です。これらの副肝静脈は直径2-5mm程度で、肝切除術の際に結紮が必要となる場合があります (Fan et al., 2021)。
尾状葉(Caudate lobe, S1)は特殊な静脈還流パターンを持ちます。尾状葉からの血液は、主要肝静脈には流入せず、複数の小さな短肝静脈(short hepatic veins)を通じて直接下大静脈の後壁に流入します。この独立した静脈還流により、尾状葉は主要肝静脈が閉塞した場合でも血液のうっ滞を免れることができ、Budd-Chiari症候群において尾状葉が代償性に肥大する理由となっています (Abdel-Misih and Bloomston, 2019; Valla, 2018)。
解剖学的変異
肝静脈の解剖学的変異は比較的頻繁に見られ、外科的処置において重要です:
- 合流パターンの変異:約60-70%で左肝静脈と中肝静脈が共通幹を形成しますが、約20-30%では3本全てが独立して下大静脈に流入し、約5-10%では稀に2本のみ(通常は右肝静脈と左中肝静脈共通幹)が存在します (Nakamura and Tsuzuki, 2017)。
- 副肝静脈の変異:右葉からの大きな副肝静脈(直径5mm以上)は約45-65%の症例で認められ、特に右葉後区域下部からのもの(inferior right hepatic vein)は肝切除術において重要な解剖学的構造となります (Skandalakis et al., 2018)。
- 流入角度と位置の変異:肝静脈の下大静脈への流入位置は個人差があり、流入角度も様々です。これらの変異は画像診断や経静脈的処置において考慮すべき点です (Sahani and Kalva, 2019)。