肝静脈

肝静脈は、肝小葉の中心静脈に由来する静脈で、次いで肝内で小葉間結合組織の中を走る小葉下静脈となり、これらが集まって通常3本の太い肝静脈となります。これらは右肝静脈、中肝静脈、左肝静脈と呼ばれます。これら3本はそれぞれ独立して別々に肝臓の後面で下大静脈に注がれますが、通常は左肝静脈と中肝静脈は合して1本となり、下大静脈に注がれることが多いです。右肝静脈は右葉からの血液を集め、左肝静脈は左葉から、また中肝静脈は主として方形葉から血液を集めます。尾状葉からの血液は独立して下大静脈に注がれるか、または右または左肝静脈に注がれます。

日本人のからだ(村上 弦 2000)によると

「肝静脈が肝区域間を走る」という概念は、「肺静脈が肺区域間を走る」と同等に正確(あるいは間違い)であると言えます。つまり、区域間を走る静脈とそうでない静脈が存在し、その詳細な検討を進めるほど例外は増えていきます(Hata et al., 1999 a,b)。

肝静脈については、83体の解剖所見に基づく中村(1982)のデータが頻繁に引用されています(図66, 67, 68)。左肝静脈と中肝静脈は約85%で共同幹を形成します。

中村(1982)は、左中右の3肝静脈と短肝静脈以外にも、右上肝静脈(S7)、右前上区域静脈(S8)、左内側肝静脈(定義は不明ですが、左肝静脈と中肝静脈との中間的な静脈)の名称を使用しています。しかし、門脈分枝の同時検討は行っていないため、各肝静脈のドレナージ域に関する記述には、肝区域の個体差が考慮されていません。

中村(1982)の業績で重要なことは、手術に対応できる資料として詳細な計測を行ったことと、短肝静脈(肝内門脈後区域枝の後方にあり、下大静脈に直接流入する静脈群)の実体に初めて詳細な記述を行ったことです。短肝静脈は右肝静脈と相補的関係にあると言われていますが、右肝静脈根は後区域表面(臓側面)に達しないことが多く、そこは短肝静脈が独占的に還流しています(Hata et al.,1999 a)。門脈分枝から見てS6とS7の境界が明瞭な156体の自家所見によれば、短肝静脈がS6とS7の境界にほぼ沿って走行する例を41.0%で認めます。この大部分は、10mm以上の短肝静脈でした。しかし、右肝静脈開口部下縁から30-40mmの範囲に短肝静脈合流部を認める場合は、より小径の短肝静脈でもS6とS7の境界を走行する可能性があります(図69)。なお、肝静脈は副腎の静脈と共同幹を作ることがあります。また、尾状葉から下大静脈に流入する細い静脈を背側肝静脈または尾状葉静脈と呼ぶこともあります(1本の例が36.6%、2本の例が37.7%、3本以上の例が25.6%)(中村,1982)。

門脈分枝から見てS6とS7の境界が明瞭な203体の自家所見によれば、右肝静脈は78.8%で前・後区域境界(S7とS8との境界およびS5とS6との境界)に広く分布しますが、ドレナージ域の縮小例も見られます。すなわち、17.7%では前・後区域境界の上部(クイノーのS7とS8との境界)だけに分布し、下部(S6)は短肝静脈がドレナージしていました。また、3.5%の例ではS6、S7を貫通し、前・後区域境界を走行しなかった。S6をドレナージする太い短肝静脈は右下肝静脈と呼ばれます。

次に、73.9%で中肝静脈が明らかにS5をドレナージしますが、さらにドレナージ域を右方に拡大してS5とS6の境界からも受ける例を26.1%で認めました。中肝静脈を境界にして左葉は、前区域および後区域の双方に接しています。したがって、中肝静脈は隣接するS5、S6、S7、S8のどこからでも根を受ける可能性があります。確かに中肝静脈の根の大部分は右葉ではS5、S8から来ます。しかし、門脈枝から定義したS6領域から、直径3mm以上の根を受ける例が30%以上存在しました。特に門脈後区域枝3分岐例では、中肝静脈域がS6に拡大する傾向があります。中肝静脈域の拡大と短肝静脈の出現とは特に関係はありません。最後に、左肝静脈は外側区域を上下に貫通して走行し、基本的には外側区域をドレナージします。しかし、73.8%の肝では内・外側区域境界に枝を出しており、内側区域の上部もドレナージします。自家所見50体によれば、S2・S3境界に左肝静脈の有力な根が存在する例は半数程度にすぎません。また、中肝静脈は前区域・内側区域境界を走行しますが、9.5%では内・外側区域境界を走行します。

肝部下大静脈の膜様閉塞(Budd-Chiari症候群)は、しばしば成人または高齢者で発見されます。

膜様閉塞より心臓側に左肝静脈が注ぐことがあります。肝内肝静脈同士の吻合と門脈側副路が発達し、またしばしば肝静脈の変異を伴います(上平ら,1991;高橋ら,1995)。

肝硬変等に伴う門脈肝静脈短絡(シャント)について日本では、Miyoshi (1962)他いくつかの報告があります(図70)。また、肝硬変等を伴わない肝内における先天性のシャントが成人期に発見されることがあります(石垣ら,1985)。なお、治療手段として同シャントを作成する際の門脈と肝静脈の位置関係には、肝の大きさ等に関連した解剖学的原則が存在します(Seto et al.,1998)。

Yoshinaga and Kodama (1997)は左下大静脈遺残と関連して左肝静脈の変異を報告しています。

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図66 左肝静脈と中肝静脈の分岐型(中村, 1982)

図66 左肝静脈と中肝静脈の分岐型

これは下大静脈肝部を前から見た模式図で、中肝静脈と左肝静脈のみを描いています。

I:左肝静脈と中肝静脈が長さ1cm以上の共同幹を形成(10.8%)。