尺側皮静脈 Vena basilica

尺側皮静脈は、上肢の主要な皮静脈の一つであり、解剖学的および臨床的に重要な血管です（Gray et al., 2020）。その詳細な解剖学的特徴は以下の通りです：

J0613 (右手甲の表在静脈)

J0614 (右前腕の表在静脈：前方からの図)

J0935 (右上腕の表面神経：前方からの図)

J0936 (右腕の皮膚神経：掌側面からの図)

J0945 (右手背の神経)

解剖学的特徴

• 起始：小指側の手背静脈網（Rete venosum dorsale manus）の尺側部から始まり、尺側縁の辺縁静脈（Vena marginalis ulnaris）として発生します（Standring, 2021）。
• 走行：前腕後面の尺側縁を上行した後、肘関節付近で前腕の前面に移行します。
• 肘窩では尺側に位置し、正中肘静脈（Vena mediana cubiti）を介して橈側皮静脈（Vena cephalica）と交通します（Moore et al., 2018）。
• 上腕部では、上腕二頭筋（Musculus biceps brachii）の内側に沿って内側二頭筋溝（Sulcus bicipitalis medialis）を通ります。
• 終末：上腕のほぼ中央で筋膜性貫通部（Hiatus basilicus）から上腕筋膜（Fascia brachii）を貫き、深部へ進んで上腕静脈（Vena brachialis）に合流します（Tubbs et al., 2019）。
• 神経関係：肘窩付近では内側前腕皮神経（Nervus cutaneus antebrachii medialis）と並走し、上腕部では内側上腕皮神経（Nervus cutaneus brachii medialis）と近接します。

形態学的特徴

尺側皮静脈は、上肢の皮静脈の中で最も安定した形態を示し、個体間の変異が少ないのが特徴です（Loukas et al., 2022）。この解剖学的特性から、臨床的に以下の重要性があります：

臨床的意義

• 静脈路確保：末梢静脈カテーテル挿入の好適部位として頻用されます。特に長期的な輸液療法や採血に適しています（Nikolić et al., 2021）。
• 中心静脈カテーテル留置：PICC（Peripherally Inserted Central Catheter）挿入の際の重要なアクセスルートです。
• 透析シャント：内シャント作成時の重要な血管として利用されることがあります（Sidawy and Perler, 2019）。
• 静脈グラフト：冠動脈バイパス手術などの血管再建術における自家静脈グラフトとして使用される可能性があります。

臨床的注意点

また、尺側皮静脈の走行は皮下組織内にあるため表面から容易に確認でき、内側上腕皮神経や内側前腕皮神経との解剖学的近接性から、静脈穿刺時の神経損傷に注意が必要です（Yamada et al., 2022）。

参考文献