回腸動脈 Arteriae ileales

J0589 (前腸間膜動脈の枝:腹面図)

J0619 (小腸の一部の動脈と静脈)
回腸動脈は、上腸間膜動脈から分岐する小腸の回腸部に血液を供給する動脈群です (Moore et al., 2018; Standring, 2020)。空腸動脈と合わせて腸動脈(arteriae intestinales)を構成し、小腸全体への栄養供給を担っています (Netter, 2018)。
解剖学的特徴
- 起始と分布:上腸間膜動脈の左側から分岐し、回腸に向かって放射状に走行します (Standring, 2020)。空腸動脈と合わせて15〜20本(一般的には12〜18本)存在します (Moore et al., 2018)。
- 動脈弓(arterial arcade)の形成:回腸動脈は腸間膜内で複数回(通常4〜5段階)分岐を繰り返し、複雑な動脈弓を形成します (Michels et al., 1965; Netter, 2018)。この動脈弓は空腸動脈が形成する動脈弓よりも段階が多く、より複雑な構造を持ちます (Moore et al., 2018)。
- 直動脈(arteriae rectae; vasa recta):最終的な動脈弓から腸管壁に向かって垂直に走行する直動脈が多数分岐します (Standring, 2020)。回腸の直動脈は空腸のものよりも短く、より密に分布しています (Netter, 2018)。
- 空腸動脈との比較:回腸動脈は空腸動脈と比較して、動脈弓の段階が多い、直動脈が短い、血管径が細い、という特徴があります (Moore et al., 2018; Michels et al., 1965)。
- 吻合:隣接する動脈弓同士が豊富に吻合し、側副血行路を形成することで、局所的な血流障害に対する耐性を高めています (Standring, 2020)。
臨床的意義
- 腸間膜血流障害:上腸間膜動脈の血栓症や塞栓症では、回腸を含む小腸の広範囲な虚血が生じます (Oldenburg et al., 2004)。急性上腸間膜動脈閉塞症は致死的な疾患であり、早期診断と治療介入が重要です (Acosta et al., 2014)。
- クローン病:回腸末端部に好発する炎症性腸疾患であり、回腸動脈の血流評価が病態把握に有用です (Maconi et al., 2003)。造影CTやMRIで血管の拡張や増生(comb sign)が特徴的に認められます (Meyers et al., 2000)。
- 小腸切除術:小腸腫瘍や壊死腸管の切除では、回腸動脈の走行を理解し、適切な血管処理を行うことが術後の腸管生存性を確保する上で重要です (Thompson et al., 2012)。
- 腸間膜虚血の画像診断:CTアンギオグラフィーでは、回腸動脈の造影不良や腸管壁の造影パターン異常(target sign、paper-thin wall sign)が虚血の指標となります (Wiesner et al., 2003)。
- 外科的吻合:回腸を用いた再建術(回腸導管、回腸嚢など)では、回腸動脈の温存と適切な血流確保が吻合部の治癒に不可欠です (Fazio et al., 2013)。
- 側副血行路:豊富な動脈弓の吻合により、段階的な血管閉塞に対しては側副血行路が発達し、虚血症状の出現が遅延することがあります (Brandt & Boley, 2000)。
回腸動脈の解剖学的理解は、消化器外科手術、血管内治療、画像診断において極めて重要であり、小腸疾患の適切な診断と治療に必須の知識です (Moore et al., 2018; Standring, 2020)。
参考文献
- Acosta, S., Ogren, M., Sternby, N. H., Bergqvist, D., & Björck, M. (2014). Mesenteric vascular disease: a population-based study in Sweden. European Journal of Vascular and Endovascular Surgery, 47(3), 273-278.—人口ベースの研究により腸間膜血管疾患の疫学を明らかにした論文。
- Brandt, L. J., & Boley, S. J. (2000). AGA technical review on intestinal ischemia. Gastroenterology, 118(5), 954-968.—腸管虚血の病態生理と側副血行路の役割について包括的に解説した総説。