下横隔動脈

下横隔動脈は大動脈裂孔直下で発生し、横隔膜の下面に分布します。また、進行中に上副腎(腎上体)動脈を副腎に供給します。時々、下横隔動脈が腹部大動脈から分岐することもあります。発生学的には、一般に中腎の動脈、つまり外側枝系の動脈に由来するとされています。

日本人のからだ(児玉公道 2000)によると

発生学的には、下横隔動脈は通常、中腎の動脈、つまり外側枝系の動脈から派生するとされていますが、実際には臓側枝系の動脈である腹腔動脈と共同幹を形成する例も多く、外側枝系と臓側枝系の両系統の枝の関連性が推測されます。そこで、その起源を明らかにするための手がかりとして、下横隔動脈が腹大動脈から分岐する高さと、それがどのような枝と共同幹を形成するかについて調査しました。

副腎動脈については、一貫して存在し、副腎の後面をその長軸方向に走り、副腎に枝を与えた後に後腹壁の腹膜下の組織に分布する後副腎動脈(山田・萬年、1985)に注目しました。

下横隔動脈が腹大動脈から分岐する高さは、図56のように、横隔膜の大動脈裂孔、腹腔動脈、上腸間膜動脈を基準に、a.大動脈裂孔より上、b.大動脈裂孔と腹腔動脈の間、c.腹腔動脈と同じ高さ、d.腹腔動脈と上腸間膜動脈の間、e.上腸間膜動脈と同じ高さ、f.上腸間膜動脈より下の6つの高さに分けました。

また、下横隔動脈が腹大動脈から1.単独で、2.左胃動脈と共同幹で、3.腹腔動脈と共同幹で、4.後副腎動脈と共同幹で、5.後副腎動脈・腎動脈と(時に精巣・卵巣動脈を含む)共同幹で出るという5つの区別をしながら、208体416側で統計を取り、その結果を表35に示しました。なお、416側のうち5側では下横隔動脈が不明で、また19側(右2側、左17側)では2本存在していたので、合計430本の下横隔動脈について調査しました。

分岐する高さについては、腹腔動脈と同じ高さから分岐する下横隔動脈が最も多く、次に大動脈裂孔と腹腔動脈の間から出る下横隔動脈が多いです。これらを合わせると全体の70.9%を占めます。また、大動脈裂孔より上から分岐し、横隔膜の下面に回り込むように分岐する枝も、43本と意外に多いことが分かります。

共同幹の形成については、下横隔動脈だけが単独で腹大動脈から出るものが219本(50.9%)と最も多く、次に腹腔動脈と共同幹で出るものが147本(34.2%)と多いです。これらで全体の約85%を占めます。また、腹腔動脈の左胃動脈が、総肝動脈や脾動脈と分離して、腹大動脈から出る場合に、その左胃動脈と共同幹で出る下横隔動脈が7本観察されました。

表35を全体的に見ると、いくつかの傾向が見られます。一つは、起始の高さが腹大動脈の下位に下がるにつれて、後副腎動脈・腎動脈(時々精巣・卵巣動脈も)と共同幹で出るものが増えることです。両者が同じ外側枝系の由来であれば当然と言えるかもしれません。ただし、特に後副腎動脈・腎動脈(時々精巣・卵巣動脈も)と共同幹で出るものは、左右合わせて41本あるが、そのうちの38本が右側に出現し、左側では3本しか見られず、いわゆる腎動脈への集中化は右側に強く生じ、極端な左右差を示しています。

次に、208体のうち52体では、左右の下横隔動脈が1本の共同幹として分岐していたが、それらの多くは腹腔動脈より上位の大動脈から、または腹腔動脈と共同幹で出るものでした。

これらの特徴をまとめると、下横隔動脈が腹腔動脈より上位の大動脈や腹腔動脈から出るときは、左右の下横隔動脈が共同幹を形成したり、また共同幹を形成しないまでも大動脈の腹側寄りから出ることが多く、それが下位に移るほど、大動脈の外側から出る傾向があると思われます。これらの結果から、もし下横隔動脈が発生学的にあくまでも外側枝系由来の枝であるとするならば、腹腔動脈から上位ではその外側枝系の枝と臓側枝系の枝の境界は不明瞭になっていると考えざるを得ません。もしそうならば、横隔膜が単なる後腹壁ではなく、むしろ後腹壁から前腹壁にまで渡る、いわば腹腔の天井部分としての形成過程や、その位置そのものに不明瞭な原因があるかもしれません。また、一口に下横隔膜動脈と言っても、実は外側枝系由来のものと臓側枝系由来のものの2種類の動脈があるのかもしれません。これをさらに明確にする一つの手がかりとして、横隔膜への下横隔動脈の分布域を調べるべきかもしれません。なお、横隔膜の分布域では、右の下横隔動脈が左側にまで分布することがあります。左にも立派な横隔膜動脈がある場合(2本存在するように見える)や貧弱な場合もありますが、逆に左の下横隔動脈が右まで分布域を拡大した例はまだ見ていません。

最後に、学名にある上横隔動脈は非常にまれで、たとえ胸部大動脈から起始しても、ほとんど大動脈裂孔を通って横隔膜の下面に達するので、その存在は疑わしいです。横隔膜の上面に分布する動脈は過去2例の小枝を左側で見たに過ぎません。ただ、右の下横隔動脈の枝が下大静脈口に入り、横隔膜上面や心膜横隔動脈と交通することがあります。

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図56 下横隔動脈の起始区分

図56 下横隔動脈の起始区分

(a)-(f)については表35をご覧ください。 CTは腹腔動脈を、Dphは横隔膜を、RAは腎動脈を、SMは上腸間膜動脈を指します。

表35 下横隔動脈の起始と共同幹形成の相関関係