肩甲下動脈 Arteria subscapularis
肩甲下動脈は上肢の血液供給において重要な役割を果たす主要な動脈です。その解剖学的特徴と臨床的意義は以下の通りです(Gray and Standring, 2008):
解剖学的特徴
- 腋窩動脈の最大の分枝であり、通常は第3部(腋窩動脈の末梢1/3)から分岐します(Saadeh and Sfeir, 2022)。
- 平均径は約3.5mmで、肩甲下筋の外側縁に沿って下行します(Huelke, 1959)。
- 主に胸背動脈(a. thoracodorsalis)と肩甲回旋動脈(a. circumflexa scapulae)という2つの主要な枝に分かれます:
- 胸背動脈:広背筋と大円筋に血液を供給
- 肩甲回旋動脈:三角筋間隙を通過し、肩甲骨背側の筋肉に分布
- 腕神経叢前層の深部で分岐する深層系の動脈で、特に橈骨神経との位置関係が重要です(Matsumura et al., 2019)。
- 変異として、橈骨神経の外側を通過する型(約60%)、橈骨神経を貫通する型(約23%)、内側を通過する型(約17%)が報告されています(Yang et al., 2014)。
臨床的意義
- 腋窩部の外科的処置(リンパ節郭清、腫瘍切除など)において損傷リスクが高い血管です(Loukas et al., 2010)。
- 肩関節手術時には肩甲回旋動脈損傷に注意が必要です(Meyer et al., 2016)。
- 広背筋皮弁や肩甲皮弁などの再建手術において重要な栄養血管となります(Bartlett et al., 1981)。
- 肩甲下動脈系の血管を利用した冠動脈バイパス手術(CABG)の報告もあります(Tatsumi et al., 1996)。
- 腋窩部外傷では、血管損傷による急性出血の原因となることがあります(Demetriades et al., 1999)。
画像診断
- 血管造影、CT血管造影、MR血管造影などで評価可能です(Kahn et al., 2007)。
- 超音波検査でも腋窩部から描出することができます(Stein et al., 2013)。
肩甲下動脈系の解剖学的変異は頻繁に認められるため、外科的介入前の十分な評価と理解が重要です。特に微小血管吻合を行う再建手術では、術前の血管評価が手術成功の鍵となります(Lee et al., 2020)。
参考文献
- Bartlett SP, May JW Jr and Yaremchuk MJ (1981) The latissimus dorsi muscle: a fresh cadaver study of the primary neurovascular pedicle. Plastic and Reconstructive Surgery, 67(5), pp.631-636. — 広背筋皮弁の栄養血管としての肩甲下動脈系の解剖学的研究