大動脈弓

大動脈弓は上行大動脈に続く弯曲部で、約5-6cmの長さがあります。肺動脈分岐部および左気管支を越えて左後方に曲がり、第四胸椎体の左側で胸大動脈に移行します。

J556.png

J0556 (大動脈弓とその枝:左前方からの図)

日本人のからだ(加藤征 2000)によると

大動脈弓の分岐様式

胎生4週で、鰓弓の発生時に大動脈の右側から背側大動脈を結ぶ6対の鰓弓動脈が発生します。しかし、これらはすべて同時に存在するわけではなく、第6対目の鰓弓動脈が形成されるときには、最初の2対はすでに退行消失しています。第6週から第8週の間に、原始大動脈弓の形成は成人の配置状態に変化します。

第1鰓弓動脈の大部分は消失しますが、一部が顎動脈と外頚動脈に関与します。第2鰓弓動脈の背側部はアブミ骨動脈の一部になります。第3鰓弓動脈からは近位で総頚動脈が発生し、遠位部は背側大動脈に合流して内頚動脈を形成します。

第4鰓弓動脈の左側は大動脈弓として残り、背側大動脈に続きます。右側は右鎖骨下動脈の近位部を形成します。遠位部は右背側大動脈と右第7節間動脈から形成されます。左鎖骨下動脈は左第七節間動脈から形成され、発生が進むにつれて起始部が頭方に移動し、左総頚動脈の起始部近くになります。第5鰓弓動脈は痕跡的血管として現れ、すぐに退行して何も派生物を残さないこともあります。第6鰓弓動脈の左側の近位部は肺動脈の近位部として残り、遠位部は動脈管として残ります。右側の近位部は右肺動脈の近位部として残りますが、遠位部は退行します。

このような発生過程を経る大動脈とその枝には、これらの鰓弓動脈が退縮するか残存するかにより、さまざまな異常型が見られます(図25)。その中でも、左右の動脈が残存することによって生じる重複大動脈弓は、ヒトでは稀な奇形です。左右の大動脈弓がどちらも開通している場合は「完全重複大動脈弓」(Nagataki, 1959; 春見ら, 1959; Nakao, 1979)と呼ばれ、左右のいずれか一方の大動脈弓が部分的でも閉塞している場合は「不完全重複大動脈弓」(中村, 1921; 野崎・牧, 1950; 中上ら, 1967)と呼ばれます。他の報告中には、完全型か不完全型か不明なものもあります(須賀井ら, 1958; 小佐野ら, 1965)。

右側の動脈が残り、左側が退縮した右側大動脈弓については、多くの報告が存在しています (井野, 1918; 山田, 1932; 三宅, 1933; 岡村, 1938; 中川, 1939 a; 市川・高木, 1952; 谷, 1952; 森・及川, 1954; 岡本ら, 1960; Kasai, 1962; Kasai et al., 1962; 仲西ら, 1965; 河西ら, 1966; 野々山ら, 1966; Kasai et al., 1969; 北川ら, 1969 b; 馬場ら, 1970; 鈴木ら, 1970; 高井ら, 1970; 関ら, 1971; 佐藤ら, 1975; 鬼頭ら, 1977; 吉富ら, 1978; 関野ら, 1979; 津田ら, 1979; 長島ら, 1982; 芹澤ら, 1983; 宮越ら, 1984 a; 北村ら, 1986; 小西・菊地, 1992; 小泉ら, 1994)。これらの中でも、小泉ら(1994)は中川のM型をさらにM1-3型に分類し、N型と共に、それぞれの形成過程について検討しています。

大動脈弓の分岐様式については、Adachi(1928 a)がA-G型に分類しました。Williams et al. (1932)は、H、J、BE、CG、K、BKの6型を追加しました。中川(1939 b)は大動脈内壁の観察も行い、さらにL-N型を加えて16型の分類を採用しました(図26)。今回、本書のための加藤の調査と加藤(1976)の胎児に関する調査を追加し、各型の出現数を表9に示します。

1979年までに報告された右鎖骨下動脈の85例について、Takemura et al. (1979)は、右鎖骨下動脈の起始、椎骨動脈の起始、胸管の異常、反回神経の異常などをまとめています。その他にも多くの報告があります(Ito et al., 1976 ; 山崎,1979 ; 中村・末永,1980 ; 北村和生ら,1980 ; 東ら,1981 ; 千葉ら,1981 ; 鈴木ら,1990 ; 堀口ら,1982 ; 柳井ら,1989 ; 竹村ら,1990 ; Rahman et al., 1993)。

025.png

図25 大動脈弓の発生過程からみた基本型(中央),正常型と変異型の系列

図25 大動脈弓の発生過程からみた基本型(中央),正常型と変異型の系列

I-VI : 鰓弓動脈, 1-9 : 筋間動脈, AA: 大動脈弓, AD: 下行大動脈, CE: 外頚動脈, CI: 内頚動脈, D: 背側大動脈, LS : 左鎖骨下動脈, RS: 右鎖骨下動脈, V: 腹側大動脈