

J0796 (女性の骨盤臓器、左側の骨盤壁を除去:左側からの図)

J0797 (女性の骨盤臓器の正中矢状断面:左側からの右半分の図)

卵巣提靱帯(骨盤漏斗靱帯とも呼ばれる)は、卵巣を骨盤壁に固定する帯状の線維性結合組織である (Standring, 2020)。この靱帯は第5腰椎レベルの腸骨窩の腹膜下から起始し、骨盤入口部を通過して卵巣間膜の上縁に沿って走行し、最終的に卵巣の卵管端(上極)に付着する (Moore et al., 2018)。組織学的には、主に膠原線維(I型およびIII型コラーゲン)と少量の弾性線維から構成され、子宮広間膜の後葉の延長として形成される (Standring, 2020)。靱帯の長さは個人差があるが、通常8~12cm程度で、幅は約2~3cmである (Netter, 2019)。
卵巣提靱帯内には重要な血管が走行している。卵巣動脈は腹部大動脈から第2腰椎レベルで直接分岐し、後腹膜腔を下行してこの靱帯内を通過して卵巣に到達する (Netter, 2019)。右卵巣動脈は下大静脈の前方を、左卵巣動脈は左結腸動脈の後方を横切る (Drake et al., 2019)。卵巣静脈は右側では下大静脈に直接流入し、左側では左腎静脈に流入する特徴的な非対称性を示す (Moore et al., 2018)。この静脈系は豊富な静脈叢(卵巣静脈叢)を形成し、妊娠時には著しく拡張する (Standring, 2020)。血流量は月経周期により変動し、排卵期に最大となる (Hoffman et al., 2022)。
卵巣提靱帯には豊富な神経線維が分布している。交感神経線維は主に胸腰神経叢(T10-L1)から起こり、卵巣神経叢を経由してこの靱帯内を走行する (Drake et al., 2019)。副交感神経線維は骨盤内臓神経(S2-S4)を介して分布する (Standring, 2020)。これらの自律神経は血管運動の調節と卵巣機能の神経調節に関与している (Berek, 2019)。痛覚線維も含まれており、卵巣捻転や虚血時の急性疼痛の伝達経路となる (Hoffman et al., 2022)。リンパ系に関しては、卵巣からのリンパ液はこの靱帯内のリンパ管を通って上行し、傍大動脈リンパ節(腎動脈レベル)に到達する (Netter, 2019)。このリンパ経路は卵巣癌の転移様式の理解に重要である (Mann et al., 2021)。
卵巣提靱帯は卵巣の正常な解剖学的位置を維持する主要な支持構造の一つである (Moore et al., 2018)。この靱帯が先天的に過度に長い場合、または妊娠、出産、加齢による組織の弛緩により脆弱化すると、卵巣の可動性が増大し、卵巣捻転(ovarian torsion)のリスクが著しく上昇する (Hoffman et al., 2022)。卵巣捻転は卵巣提靱帯を軸として卵巣が回転することで生じ、血管系の閉塞により虚血から壊死に至る婦人科的緊急疾患である (Berek, 2019)。発症は小児期から生殖年齢に多く、特に卵巣嚢腫(直径5cm以上)の存在が主要なリスク因子となる (Hoffman et al., 2022)。臨床症状としては急激な下腹部痛、嘔気、嘔吐を呈し、超音波ドップラー検査で卵巣血流の低下や消失が確認される (Berek, 2019)。
婦人科手術において、卵巣提靱帯は重要な解剖学的ランドマークとして機能する。卵巣摘出術(oophorectomy)では、まずこの靱帯を同定し、含まれる卵巣動静脈を確実に結紮またはエネルギーデバイスで封止する必要がある (Mann et al., 2021)。開腹手術では通常、靱帯の基部で二重結紮を行い、腹腔鏡下手術では超音波凝固切開装置やバイポーラ電気凝固を用いる (Tulandi, 2018)。子宮全摘術に際しても、卵巣を温存する場合は卵巣提靱帯の血管系を慎重に保護する必要がある (Mann et al., 2021)。卵巣癌手術では、この靱帯を含む広範な切除とリンパ節郭清が必要となる場合が多い (Berek, 2019)。腹腔鏡下手術では、この靱帯の正確な同定と血管走行の理解が術中出血の回避と手術時間短縮の鍵となる (Tulandi, 2018)。卵巣移植術や卵巣組織凍結保存後の自家移植では、卵巣提靱帯内の血管を利用した微小血管吻合技術が生着率向上に不可欠である (Donnez and Dolmans, 2021)。