肺 Pulmones

1. 解剖学的概要

肺は、胸腔内に位置する1対の半円錐形の臓器であり、呼吸器系の中核をなします(Gray and Williams, 2020)。解剖学的に肺は縦隔の両側に位置し、胸腔のほぼ全容積を占めています。肺では、呼吸気と血液の間で酸素と二酸化炭素の交換が行われ、この機能は生命維持に不可欠です。右肺(容積約1200cc、重量約600g)は左肺(容積約1100cc、重量約500g)よりやや大きく、これは心臓が左側に偏在しているためです(Standring, 2021)。各肺は解剖学的に肺尖(apex pulmonis)、肺底(basis pulmonis)、肋骨面(facies costalis)に区分されます。肺尖は鎖骨上窩に位置し、鎖骨の2-3cm上方まで達します(頸部の肺尖損傷のリスク)。肺底は横隔面(facies diaphragmatica)とも呼ばれ、横隔膜の円蓋に沿って陥凹しており、呼吸時に上下に大きく移動します。肋骨面は胸郭内壁に沿って膨隆し、胸膜腔内で胸膜の壁側葉と臓側葉が接しています。

2. 肺の内側面と縦隔部

内側面(facies mediastinalis)は縦隔に面する部分で、全体的に凹面をなしています(Moore et al., 2018)。特に心臓に接する部分には顕著な陥凹があり、心臓圧痕(impressio cardiaca)と呼ばれ、左肺でより明瞭です。臨床的には、この部位での聴診により心音が明瞭に聴取できます。内側面の後方で胸椎に接する部分は椎骨部(pars vertebralis)と呼ばれ、脊柱彎曲に沿って凹面を形成します。椎骨部と心圧痕以外の内側面部分は狭義の縦隔部(pars mediastinalis)と呼ばれ、大血管や食道などの縦隔構造物と接しています(Netter, 2019)。

3. 肺門と肺裂

縦隔部の中央部には肺門(hilum pulmonis)があり、ここを通じて気管支(bronchus principalis)、肺動脈(arteria pulmonalis)、肺静脈(venae pulmonales)、リンパ管、神経などが肺に出入りします(Drake et al., 2020)。これらの構造物は束となって肺根(radix pulmonis)を形成し、臓側胸膜(pleura visceralis)から壁側胸膜(pleura parietalis)へと移行します。肺門は比較的平滑ですが、後上方から前下方へ走行する深い切れ込みである斜裂(fissura obliqua)によって上葉と下葉に分けられます。右肺には特徴的に、肋骨面の腋窩線上で斜裂から分岐し、第4肋骨に沿ってほぼ水平に走行する水平裂(fissura horizontalis)があり、これによって上葉と中葉が区分されます(Snell, 2019)。これら各葉間の接触面は葉間面(facies interlobaris)と呼ばれます。臨床的に肺裂は胸部X線やCTの読影の際の重要な解剖学的指標となります。

4. 左肺の特徴と肺の色調変化

左肺を前面から観察すると、上葉に心臓による圧迫によって生じた切れ込みが見られます。この切痕は左肺心切痕(incisura cardiaca pulmonis sinistri)と呼ばれ、その下方の上葉前下端の小さな突出部は左肺小舌(lingula pulmonis sinistri)と呼ばれます(Ellis et al., 2022)。この部位は臨床的に肺炎などの炎症が生じやすく、診断上重要な部位です。肺の色調は年齢によって変化し、新生児や幼児では淡紅色ですが、成長とともに大気中の塵埃や煙の炭素粒子などを吸入することで徐々に暗赤色からさらに黒色調を帯びるようになります(West and Luks, 2021)。この色調変化は特に肺尖部や胸膜下領域で顕著です。

5. 肺の組織学的構造

組織学的に肺は複合胞状腺の構造を呈し、喉頭(larynx)、気管(trachea)、気管支(bronchi)とその分枝が導管系を、肺胞(alveoli)が腺胞を構成します(Junqueira and Carneiro, 2018)。気管支系は肺内で葉気管支(bronchi lobares)、区域気管支(bronchi segmentales)、亜区域気管支(bronchi subsegmentales)、細気管支(bronchioli)へと順次分岐します。細気管支の直径は1mm以下となり、この部位では気道上皮は多列繊毛円柱上皮(epithelium columnare ciliatum pseudostratificatum)から単層円柱上皮(epithelium columnare simplex)へと変化し、支持組織である軟骨輪は不規則な軟骨小片となります(Ross and Pawlina, 2020)。気道の粘膜上皮の変化は、呼吸器疾患の病態において重要な意義を持ちます。

6. 細気管支から肺胞への移行

細気管支がさらに分岐すると呼吸細気管支(bronchioli respiratorii)となり、この部位では気管支軟骨(cartilago bronchialis)は消失し、上皮は単層立方上皮(epithelium cuboideum simplex)となります(Mescher, 2021)。また、壁の各所から肺胞(alveoli pulmonales)が突出し始めます。気道の末端は肺胞管(ductus alveolares)であり、ここから多数の肺胞が膨出し、肺胞嚢(sacculi alveolares)と呼ばれる盲端で終わります。肺胞壁は極めて薄く、I型肺胞上皮細胞(pneumocytes type I)とII型肺胞上皮細胞(pneumocytes type II)から構成され、肺毛細血管と密接に隣接しています(Weibel, 2017)。II型肺胞上皮細胞は肺サーファクタント(surfactant)を産生し、肺胞の表面張力を低下させて肺胞の虚脱を防止する重要な役割を担っています。

7. 肺の血液供給

肺の血液供給は二重系統となっています(Clemente, 2021)。肺の栄養血管である気管支動脈(arteriae bronchiales)は、気管分岐部付近で胸部大動脈(aorta thoracica)から分岐し、気管支壁や肺実質の間質組織、胸膜下組織に分布します。栄養血管は肺の細葉(lobuli pulmonales)を最小単位として取り囲み、毛細血管網を形成します。一方、肺の機能血管である肺動脈(arteria pulmonalis)は、右心室から発し、低酸素血を運搬します(Sinnatamby, 2019)。肺動脈は気管支に伴行して肺実質内に分布し、最終的に肺胞周囲の毛細血管網(rete capillare peralveolare)を形成します。胎児期には、肺動脈と大動脈弓との間に動脈管(ductus arteriosus)という連絡があり、肺循環をバイパスしていますが、出生後に閉塞して動脈管索(ligamentum arteriosum)となります。動脈管開存症(patent ductus arteriosus: PDA)は重要な先天性心疾患の一つです。ガス交換後の酸素化された血液は肺静脈(venae pulmonales)に集められ、左心房に戻ります(Kenhub, 2023)。臨床的に肺の血管構築は肺塞栓症、肺高血圧症、肺水腫などの病態理解に不可欠です。

参考文献