喉頭前庭 Vestibulum laryngis

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J0639 (頭頚部の正中矢状断:左側からの右半分の図)

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J0744 (喉頭の正中断、右半分:左方からの図)

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J0745 (喉頭の前頭断、前半部:後方からの図)

解剖学的定義と境界

喉頭前庭は、喉頭入口(aditus laryngis)から声門(rima glottidis)へと続く漏斗状の空間であり、喉頭の最上部を構成します(Standring, 2021; Moore et al., 2022)。上方境界は喉頭蓋(epiglottis)の自由縁、側方境界は披裂喉頭蓋ヒダ(plicae aryepiglotticae)、後方境界は披裂軟骨(cartilagines arytenoideae)の内側面と楔状結節(tubercula cuneiformia)および小角結節(tubercula corniculata)、下方境界は前庭ヒダ(plicae vestibulares、偽声帯とも呼ばれる)によって明確に区画されています(Gray and Lewis, 2020; Netter, 2019)。

前庭の前後径は約12-15mm、横径は約20-25mmであり、個体差および性差が認められます(Drake et al., 2020)。形態学的には、喉頭前庭は気道防御機構の第一関門として機能し、嚥下時の気道保護において中心的役割を果たします(Mu and Sanders, 2021)。

組織学的特徴

喉頭前庭の粘膜は、組織学的には重層扁平上皮(stratified squamous epithelium)と線毛円柱上皮(ciliated columnar epithelium)の移行領域に位置しています(Kierszenbaum and Tres, 2020)。喉頭蓋の舌面は非角化重層扁平上皮で覆われ、喉頭面は線毛を持つ偽重層円柱上皮へと移行します(Ross and Pawlina, 2020)。粘膜下組織には喉頭腺(glandulae laryngeales)が豊富に分布し、特に前庭ヒダ周囲に高密度で存在します(Young et al., 2019)。

これらの腺は粘液性および漿液性の混合腺であり、粘膜表面を湿潤に保ち、気道防御機構に寄与します(Stevens and Lowe, 2021)。粘膜固有層には弾性線維が豊富に含まれ、声帯の振動や喉頭の形態変化に対する柔軟性を提供しています(Mescher, 2021)。

機能的役割

喉頭前庭は呼吸および嚥下において重要な機能的役割を担います(Standring, 2021)。呼吸時には気道として開放されていますが、嚥下時には複雑な協調運動により気道が閉鎖されます(Moore et al., 2022)。具体的には、嚥下反射の咽頭期において、喉頭蓋が後下方に倒れ込み、同時に披裂喉頭蓋ヒダが内側に収縮し、前庭ヒダが接近することで、三重の括約機構(sphincteric mechanism)を形成します(Logemann, 2021)。

この機構により、食塊や液体が気道に侵入することが防止されます(Matsuo and Palmer, 2020)。さらに、喉頭前庭は咳反射の感覚受容領域としても機能し、気道異物の検出と排除に重要です(Davenport et al., 2020)。

臨床的意義

臨床的には、喉頭前庭は多様な病態の発生部位として重要です(Remacle and Eckel, 2018)。喉頭浮腫(laryngeal edema)は、アレルギー反応、感染、外傷、放射線治療後などに前庭部に生じやすく、気道狭窄を引き起こす可能性があります(Bailey et al., 2019)。特に血管性浮腫(angioedema)では、前庭部の急速な腫脹により数時間以内に気道閉塞に至ることがあり、緊急気道確保が必要となります(Shah and Craig, 2020)。

喉頭がん(laryngeal cancer)のうち、上喉頭がん(supraglottic cancer)は喉頭前庭領域から発生することが多く、全喉頭がんの約30-35%を占めます(Steuer et al., 2021)。この領域は豊富なリンパ管網を有するため、早期からリンパ節転移をきたしやすいという特徴があります(Werner et al., 2020)。

急性喉頭蓋炎(acute epiglottitis)は、特に小児において生命を脅かす疾患であり、喉頭蓋および前庭部の急速な炎症性浮腫により気道閉塞を引き起こします(Kuo et al., 2020)。Haemophilus influenzae type b(Hib)ワクチンの普及により発症率は減少しましたが、成人例や他の起因菌による症例は依然として報告されています(Guardiani et al., 2020)。

その他、異物誤嚥では喉頭前庭に異物が嵌頓することがあり、特に小児や高齢者で注意が必要です(Weissberg and Schwartz, 2021)。また、喉頭軟化症(laryngomalacia)では前庭部構造の虚脱により吸気性喘鳴が生じ、乳児の喘鳴の最も一般的な原因となっています(Ayari et al., 2020)。

参考文献