
披裂軟骨の弓状稜(crista arcuata)は、喉頭内部の披裂軟骨後面に位置する顕著な軟骨性の隆起構造です。この稜は、披裂軟骨の楕円窩(fovea oblonga)と三角窩(fovea triangularis)の境界付近を起点とし、弓状の経路をたどって三角窩を外側から囲み、最終的に披裂軟骨頂部の小丘(colliculus)に終わる特徴的な走行を示します(Standring, 2020; Gray et al., 2021)。
組織学的には、弓状稜は弾性軟骨ではなく硝子軟骨から構成されており、披裂軟骨本体の一部として声門機能に重要な役割を果たします(Ross and Pawlina, 2020)。この稜の形態は個体差があり、その発達程度は声帯の機能的能力と関連している可能性が示唆されています(Hirano and Kakita, 2022)。
弓状稜の主要な機能的役割は、声帯靭帯(ligamentum vocale)および声帯筋(musculus vocalis)の後方付着部位として機能することです。これらの構造は声門の形成と微細な調節に不可欠であり、発声時の声帯張力および位置の制御に直接関与します(Netter, 2018; Drake et al., 2019)。
さらに、弓状稜は喉頭内在筋の重要な付着部位でもあります。後輪状披裂筋(musculus cricoarytenoideus posterior)は声門開大の唯一の筋であり、その一部の線維が弓状稜に付着します(Woodson, 2021)。また、側輪状披裂筋(musculus cricoarytenoideus lateralis)も弓状稜に付着し、声門閉鎖に寄与します(Sanders and Mu, 2019)。これらの筋の協調的作用により、呼吸と発声の精密な制御が可能となります(Heman-Ackah et al., 2023)。
披裂軟骨の弓状稜は、披裂軟骨の回転運動および滑走運動の軸としても機能し、輪状披裂関節における運動の生体力学的中心点の一つとなっています(Kelchner et al., 2020)。
臨床的観点から、弓状稜は声帯機能障害の診断と治療において重要な解剖学的ランドマークです。披裂軟骨脱臼では、外傷や挿管操作により輪状披裂関節が損傷され、弓状稜の位置異常が生じます。この病態では嗄声、気道狭窄、誤嚥などの症状が出現し、早期診断と適切な整復術が必要となります(Sataloff, 2017; Ongkasuwan and Friedman, 2021)。
反回神経麻痺においては、弓状稜に付着する内在筋群の機能不全により声帯の位置異常や運動障害が生じます。特に両側性の後輪状披裂筋麻痺では声門開大が不十分となり、呼吸困難を引き起こす可能性があります(Rubin et al., 2022; Sulica, 2020)。一側性麻痺では声帯の傍正中位固定により嗄声や誤嚥のリスクが増加します(Mattioli et al., 2019)。
喉頭内視鏡検査において、弓状稜の形態変化は喉頭癌や喉頭肉芽腫などの腫瘍性病変の早期発見に有用です。特に声門上癌や声門癌が披裂軟骨に浸潤した場合、弓状稜の不整や肥厚が観察されることがあり、CT画像やMRI画像と併せて評価されます(Hermans, 2020; Brennan et al., 2021)。
声帯手術や喉頭形成術においては、弓状稜は重要な解剖学的指標として利用されます。特に披裂軟骨内転術や輪状披裂関節固定術などの喉頭枠組み手術では、弓状稜の正確な同定が手術成功の鍵となります(Zeitels and Hillman, 2019; Young et al., 2020)。また、声帯麻痺に対する注入喉頭形成術においても、弓状稜の位置を基準として注入部位が決定されます(Rosen et al., 2018)。