

上甲状結節(superior thyroid tubercle)は、甲状軟骨(thyroid cartilage)の翼(lamina)の上外側部、上角(superior horn)へ向かう上縁付近にみられる小隆起であり、喉頭外枠をなす甲状軟骨の表面形態の一部として理解される(Standring, 2016)。甲状軟骨は喉頭の最大の軟骨で、左右の翼が正中で前方に角度をなして融合し、いわゆる「喉頭隆起(laryngeal prominence)」を形成するが、上甲状結節はこの翼の上縁近傍に位置し、触診や画像診断における局所的ランドマークとなりうる(Moore et al., 2018)。
肉眼解剖では個体差があり、明瞭な結節として触知・同定できる場合と、斜線(oblique line)周辺の不整として認識される場合があるため、局所の「形態の連続性」として捉えることが実用的である(Sinnatamby, 2011)。斜線は甲状軟骨の外面を斜めに走行する隆起線で、甲状舌骨筋(thyrohyoid muscle)や胸骨甲状筋(sternothyroid muscle)などの前頸筋群の付着部として機能し、上甲状結節はこの斜線の上端近傍に位置することが多い(Standring, 2016)。
上甲状結節の周囲には、甲状舌骨膜(thyrohyoid membrane)およびその肥厚部(外側甲状舌骨靭帯など)が位置し、喉頭の懸垂・支持に関わる線維性構造と近接する(Standring, 2016)。甲状舌骨膜は舌骨と甲状軟骨の間に張る線維弾性膜で、正中部は肥厚して正中甲状舌骨靭帯(median thyrohyoid ligament)を形成し、外側部は外側甲状舌骨靭帯(lateral thyrohyoid ligament)として甲状軟骨の上角から舌骨大角へ伸びる(Moore et al., 2018)。この外側甲状舌骨靭帯は上甲状結節の近傍を通過するため、触診や手術時の解剖学的指標となる(Randolph, 2013)。
また、甲状軟骨外面には斜線が走行し、この領域は前頸部筋群や咽頭収縮筋群の付着に関連するため、上甲状結節は「筋・膜性構造の張力が集まる外表指標」として位置づけられる(Moore et al., 2018)。下咽頭収縮筋(inferior pharyngeal constrictor)は甲状軟骨の斜線および輪状軟骨から起始し、咽頭後壁の正中縫線へ向かうため、上甲状結節周辺は咽頭と喉頭の境界領域における筋膜構造の移行部でもある(Standring, 2016)。
発生学的には、喉頭軟骨の多くが咽頭弓由来の間葉から形成され、成長と加齢に伴って形態変化や(とくに男性で目立ちやすい)骨化が進むことが、画像上の個体差にも影響する(Sadler, 2019)。甲状軟骨は第4・第5咽頭弓の軟骨原基から発生し、胎生期には硝子軟骨として形成されるが、思春期以降、とくに男性ホルモンの影響下で著明に成長・骨化が進行する(Sadler, 2019; Moore et al., 2018)。
このため、上甲状結節の強い骨化や左右差は、病的所見というより「正常変異のスペクトラム」としてまず評価し、臨床状況と照合して解釈することが重要である(Becker et al., 2014)。CT画像では甲状軟骨の骨化は辺縁から始まり、年齢・性別により程度が異なるため、上甲状結節領域の高吸収は骨化の一部として認識されることが多い(Becker et al., 2014)。左右非対称な骨化パターンも珍しくなく、腫瘍性病変との鑑別には臨床症状・軟部組織の評価が必須である(Flint et al., 2015)。
臨床的には、甲状腺手術や頸部手術において、甲状軟骨上縁周辺の立体解剖は上喉頭神経外枝(external branch of superior laryngeal nerve, EBSLN)の損傷回避に直結しうるため、上甲状結節を含む甲状軟骨外表のランドマーク把握は有用である(Randolph, 2013)。上喉頭神経外枝は迷走神経の上喉頭神経から分岐し、甲状舌骨膜の深層を下行して輪状甲状筋(cricothyroid muscle)に至るが、その走行は個体差が大きく、甲状腺上極の血管処理時に損傷リスクがある(Randolph, 2013; Cernea et al., 1992)。
上喉頭神経外枝は輪状甲状筋に運動枝を与え、声の高さ調節に関与するため、損傷時には高音域の障害、声の疲労、声量低下などが問題となりうる(Flint et al., 2015)。輪状甲状筋は甲状軟骨と輪状軟骨を接近させることで声帯を緊張させ、高音発声を可能にする唯一の喉頭内在筋であるため、片側損傷でも職業的音声使用者(歌手、教師など)では症状が顕著となる(Flint et al., 2015; Randolph, 2013)。術中に上喉頭神経外枝を視認・温存するか、上甲状腺動脈を甲状腺被膜近傍で結紮することが推奨される(Randolph, 2013)。
喉頭・下咽頭領域は、腫瘍、炎症、外傷、神経麻痺など多様な病態の評価対象であり、CTやMRIで甲状軟骨の形態(骨化を含む)と周囲軟部組織の関係を読み解く際、上甲状結節を含む外形の理解は読影の「基準座標」となる(Becker et al., 2014)。喉頭癌や下咽頭癌の進展評価では、甲状軟骨への浸潤の有無が治療方針(喉頭温存の可否)に直結するため、軟骨の正常形態・骨化パターンを理解しておくことが誤診回避に不可欠である(Becker et al., 2014)。
超音波による喉頭評価も報告されており、前頸部からの描出では軟骨の骨化程度や体型により見え方が左右されるため、解剖学的指標としての甲状軟骨外形の理解が前提になる(Xia et al., 2015)。超音波は被曝がなく、リアルタイムに声帯運動や軟部組織を観察できる利点があり、声帯麻痺の評価や穿刺ガイドに応用されるが、骨化した甲状軟骨は音響陰影を生じるため、上甲状結節などの外形を基準に軟骨の位置を推定することが描出の鍵となる(Xia et al., 2015)。