
直腸膨大部(Ampulla recti)は、肛門管の上に位置する直腸の拡張部分です。解剖学的には、直腸は骨盤内に位置し、長さ約12〜15cmで、仙骨の前面湾曲に沿って下行し、第3仙椎レベルでS状結腸から連続しています(Standring, 2020)。直腸は上部・中部・下部に区分され、そのうち下部直腸が膨大部を形成します(Moore et al., 2018)。直腸膨大部は直腸の最も拡張した部分であり、直径約4〜6cmに達し、通常は便塊が一時的に蓄積される場所として機能します(Drake et al., 2019)。腹膜との関係では、上部直腸は前面と側面が腹膜に覆われ、中部直腸は前面のみ、下部直腸(膨大部を含む)は腹膜下に位置します(Netter, 2018)。
組織学的には、直腸膨大部の壁は内腔側から粘膜層、粘膜下層、固有筋層(内輪走筋層と外縦走筋層)、外膜(漿膜または外膜)の4層で構成されています(Ross and Pawlina, 2018)。粘膜層は単層円柱上皮で覆われており、多数の腸陰窩(リーベルキューン腺、Crypts of Lieberkühn)が存在し、杯細胞により粘液を分泌しています(Mescher, 2018)。粘膜下層には豊富な血管叢とマイスナー神経叢(粘膜下神経叢)が存在します(Kierszenbaum and Tres, 2020)。固有筋層の内輪走筋層は連続的であり、外縦走筋層は3本の結腸ヒモ(taeniae coli)が直腸上部で融合して完全な層を形成します(Young et al., 2014)。直腸膨大部では内輪走筋層が特に発達しており、排便調節に重要な役割を果たします(Standring, 2020)。
臨床的意義として、直腸膨大部は直腸癌の好発部位であり、全直腸癌の約60〜75%がこの部位に発生します(Kumar et al., 2021)。直腸膨大部は直腸診(Digital Rectal Examination, DRE)で触知可能な部位であり、診断上重要です(Bickley and Szilagyi, 2017)。また、直腸膨大部の拡張異常は慢性便秘、巨大結腸症(Hirschsprung病)、直腸瘤などの排便障害の原因となることがあります(Rao and Patcharatrakul, 2016)。直腸脱(rectal prolapse)も直腸膨大部の支持組織の脆弱化により生じます(Felt-Bersma and Cuesta, 2014)。
直腸膨大部の神経支配は、交感神経系と副交感神経系の両方を受けており、排便反射の調節に重要な役割を果たしています(Drake et al., 2019)。交感神経支配は上下腸間膜神経叢および下腹神経叢から由来し、主にL1-L3脊髄分節に起源を持ち、血管収縮と蠕動抑制に作用します(Moore et al., 2018)。副交感神経支配は骨盤内臓神経(pelvic splanchnic nerves、S2-S4脊髄分節由来)を介して行われ、直腸壁の蠕動促進と内肛門括約筋の弛緩を引き起こします(Standring, 2020)。壁内神経叢として、粘膜下層にマイスナー神経叢、筋層間にアウエルバッハ神経叢(筋層間神経叢)が存在し、局所的な反射活動を調節しています(Furness, 2012)。これらの神経支配の協調により、排便反射が統合的に制御されます(Rao and Patcharatrakul, 2016)。
直腸膨大部への血液供給は、主に3つの動脈系から行われています(Netter, 2018)。上直腸動脈(superior rectal artery)は下腸間膜動脈の終末枝として直腸上部から中部に分布し、最も主要な血液供給源です(Moore et al., 2018)。中直腸動脈(middle rectal artery)は内腸骨動脈の分枝として直腸側壁に分布し、下直腸動脈(inferior rectal artery)は内陰部動脈の分枝として直腸下部および肛門管に分布します(Drake et al., 2019)。これらの動脈間には豊富な吻合が存在します(Standring, 2020)。静脈還流は臨床的に重要であり、上直腸静脈は下腸間膜静脈を経て門脈系に還流し、中直腸静脈および下直腸静脈は内腸骨静脈を経て下大静脈系(大循環系)に還流します(Netter, 2018)。この部位は門脈系と大循環系の吻合部(portocaval anastomosis)の一つであり、門脈圧亢進症では直腸静脈瘤が形成されることがあります(Kumar et al., 2021)。リンパ排液は、上部および中部直腸からは上直腸リンパ節および下腸間膜リンパ節へ、下部直腸からは内腸骨リンパ節へ流れます(Moore et al., 2018)。