

J0692 (十二指腸と膵臓、および腹膜の覆い:前方からの図)


十二指腸の上部(pars superior duodeni)は幽門に続く長さ約5cmの部分で、第1腰椎の高さの右側に位置し、幽門から後上方に向かって走行しています(Standring et al., 2020)。この部分は十二指腸球部(duodenal bulb)とも呼ばれ、消化管造影検査において重要な解剖学的指標となります(Drake et al., 2019)。上部十二指腸は肝十二指腸靭帯の下縁に位置し、門脈、固有肝動脈、総胆管といった重要な構造物と近接しています(Moore et al., 2018)。
上部十二指腸のうち、始部の約2.5cmは前面と後面が腹膜に覆われており、腹腔内臓器としての性質を持ちます(Standring et al., 2020)。前後の腹膜は上方では肝十二指腸間膜(小網の一部)に、下方では大網に連続しており、この腹膜の覆いにより十二指腸上部は限定的な移動性を有します(Drake et al., 2019)。一方、後側半分は後腹膜に固定されており、移動性は制限されています(Moore et al., 2018)。
内腔は十二指腸全体の中で最も広く、直径は約3〜4cmに達します(Yamada et al., 2017)。粘膜構造は他の部位と異なり、輪状ヒダ(plicae circulares、Kerckring襞)が存在しないか、あってもごく軽度です(Feldman et al., 2021)。この滑らかな粘膜表面は内視鏡検査時の重要な識別点となります。粘膜下層にはブルンネル腺(Brunner腺)が豊富に分布し、アルカリ性粘液を分泌することで胃酸から粘膜を保護しています(Standring et al., 2020)。
血液供給は主に胃十二指腸動脈(gastroduodenal artery)の分枝である上膵十二指腸動脈(superior pancreaticoduodenal artery)によって行われます(Drake et al., 2019)。静脈還流は門脈系を経由し、リンパ排液は肝十二指腸間膜内のリンパ節を介して腹腔動脈周囲リンパ節へと向かいます(Moore et al., 2018)。神経支配は腹腔神経叢からの交感神経線維と迷走神経からの副交感神経線維によって行われ、内臓痛の感覚は主に交感神経を介して伝達されます(Standring et al., 2020)。
上部十二指腸は十二指腸潰瘍の最も好発する部位であり、全十二指腸潰瘍の約95%がこの部位に発生します(Feldman et al., 2021)。特に球部の前壁と後壁が好発部位となります。後壁潰瘍は胃十二指腸動脈への穿通により大量出血を引き起こすリスクがあり、前壁潰瘍は腹腔内への穿孔を起こしやすいという臨床的特徴があります(Yamada et al., 2017)。
潰瘍形成の主要因として、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)感染と非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用が挙げられます(Feldman et al., 2021)。胃から流入する高酸性の胃内容物と、膵臓から分泌される消化酵素の混合により、粘膜は化学的・酵素的刺激を受けやすい環境にあります(Yamada et al., 2017)。ブルンネル腺の分泌不全や粘膜防御機構の破綻が潰瘍形成に関与します(Standring et al., 2020)。
上部十二指腸は消化性潰瘍、十二指腸狭窄、悪性腫瘍(主に腺癌)の好発部位であり、上部消化管内視鏡検査および上部消化管造影検査における重要な観察部位です(Feldman et al., 2021)。十二指腸潰瘍の診断には内視鏡検査が最も感度が高く、組織生検により悪性病変の除外が可能です(Yamada et al., 2017)。
解剖学的には、肝臓、胆嚢、膵頭部との近接性から、これらの臓器の疾患が二次的に十二指腸上部に影響を及ぼすことがあります(Drake et al., 2019)。例えば、膵頭部癌による十二指腸浸潤、胆石による十二指腸瘻形成(Bouveret症候群)、膵炎による十二指腸狭窄などが臨床的に重要です(Moore et al., 2018)。また、肝十二指腸間膜内を走行する門脈、肝動脈、総胆管への外科的アプローチを行う際には、上部十二指腸の解剖学的位置関係の理解が不可欠です(Iwasaki et al., 2019)。
外傷時には、上部十二指腸は後腹膜に固定された部分が鈍的外傷による損傷を受けやすく、特に脊椎との間での挟撃損傷(crush injury)が問題となります(Feldman et al., 2021)。十二指腸損傷は診断が遅れやすく、後腹膜膿瘍や敗血症などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります(Yamada et al., 2017)。